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表紙

道しるべ  120 混乱の中で


 ジョニーが消えた。
 今度こそ自分の意志で、金箱を持って姿をくらました。
 トムは彼なりに解釈して、ジョニーにとっては敵国のイングランドなんかに行きたくなかったのだろうと考えていた。
 イアンは、そんなトムに何も言えなかった。 ただもう罪悪感に押しつぶされて、這うように船室に入り、毛布を引っ被って寝台に丸くなった。
 トムに合わせる顔がない。 おれが衝動を我慢できなかったから、彼女は去るしかなかった。 トムに打ち明けられなくて、黙って俺から逃げた……。
 巨大なトムといつも共にいるせいで、周囲はイアンを細身の若者とみなしていた。 だが実は、イアンはかなり大柄で、筋肉も発達していた。 いったん掴まれたら、小柄な娘が逆らえるものではない。
 きっとおれのことが怖かったんだ、とイアンは悟った。 怖くて抵抗できなかったんだ。 その証拠に、向こうから先に抱きついてきたり、キスしてきたことは一度もなかった。


 その夜、波に揺れる船の上で、イアンは光と影の入り混じる青春時代に別れを告げた。
 多くの女性がイアンを追ったが、初めて自分から求めた娘は、彼を欲しがらなかった。 若さゆえの無思慮な自信は砂のように崩れ、彼はただの普通の男として、あらためて先の見えない未来と向き合っていた。
 イアンは寝返りを打ち、船底に当たる波の音を聞いた。 トムに打ち明けるべきだ。 ずたずたにされるかもしれないが、裏切ったまま知らん顔をしているのは許されない。
 真実を知ったら、トムはフランスに引き返してジョニーを探すだろうか。
 愛情の権化のようなトムを知り尽くしているだけに、イアンはそうなることを怖れた。 トムはフランス語をほとんどしゃべれない。 だが自分は彼を助けられないのだ。 今回だけは。


 二人は同じ船室のはずだった。 しかし、トムは一度も来ず、ついに朝になってしまった。
 疲れきっているのに、たまにうとうとすることしかできなくて、イアンは頭痛を抱えて船室を出た。
 彼をあざ笑うかのように、天気はこれ以上ないほどの快晴だった。 東の空は日の出でバラ色に染まり、西はまだ藍色で雲ひとつなく、海風は思い切り吸い込みたくなるほど爽やかで、清澄な潮の匂いがした。
 重い足取りで甲板に立ったイアンを見つけ、船長が北東を指差した。
「ほら、ワイト島がずいぶん近づいてきやした」
 その大きな島は、黒っぽい影の縁が金色にかすんでいた。 イアンが腫れぼったく乾いた目をしばたたいていると、どこからともなくトムが現われて、横に立った。
 イアンは唾を呑み、すぐ話し出そうとした。
「なあ、ジョニーがいなくなったのは、みんな……」
 そこでトムが遮った。
「あの子は迷っていたようだったな。 初めから一緒に行きたくなかったんだ。 おれが訊いた時すぐ答えなかったから、何となくピンと来た」
「でも……」
「ジョニーには行くあてがあったんだよ」
 トムはイアンに構わず、話を続けた。
「行商人は彼女を誘拐したわけじゃない。 おまえが足跡で推理したとおり、仲良く一緒に行ったんだ。 たぶん、帰りたいところまで連れていってあげようと言われたんだろう。
 でも、奴は約束を守らなかった。 あの子に手を出したかなんかして、それで殺されたんだ」








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