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道しるべ  117 良心の呵責



 もうイアンにとって、彼女はジョニーではなかった。 小さくてふわっとしていて、巣立ったばかりの雛〔ひな〕のような、か細く温かい乙女、ジュヌヴィエーヴだった。
 骨がきゃしゃで、強く抱くと壊れそうだ。 それでも巻いた腕を離せなかった。 首筋に顔を埋めてキスしながら、軽く歯を立てたい衝動を必死でこらえた。
 思えば、禁欲状態が長すぎたのだ。 フランスへ上陸してからは、初めての戦に気を取られて、女の相手をするどころではなかった。 戦闘を前にして原始本能全開になる男も多かったが、イアンはあちこちで重用されて仕事が多く、気を散らす暇がなかった。
 ジョニーは黙って抱きしめられていた。 血に染まったシャツは既に着替え、上にトムの分厚いジャーキンを羽織っている。 幅はだぶだぶで、上着の裾が膝下まで届いていた。
 まるっきり抵抗しない彼女を、イアンは横抱きで軽々と抱き上げ、馬屋に運んだ。 片隅には馬のための藁が、屋根裏には干草が積んである。 イアンは闇を泳ぐような足取りで、ジョニーを藁の山に置き、上から覆い被さった。


 すぐに二人は、小さな暖炉のように熱くなった。 イアンは体をうねらせながらジョニーの髪に指を差し入れ、心臓の音が耳に轟〔とどろ〕くのを聞いた。 あまりに心地よくて、意識が消えそうだ。 この甘い刻一刻が貴重で、目を閉じて集中し、存分に味わった。


 一気に駆け上った後は、腕も上げられないほどになった。 藁の真中に重なり合ったまま、二人はしばらく荒い息をついていた。
 鼓動が普通のリズムを刻むようになってから、ようやくイアンは上半身を起こし、ジョニーの目にかかった髪の毛をそっと指で払った。
 もう言い訳は効かない。 二度と触れないと言った舌の音も乾かぬうちに、彼はまたもジョニーを連れ去って、組み敷いてしまった。
 だから、何も言えなかった。 ただ、最後に一度だけ口づけ、頬ずりしてから、立ち上がる手助けをした。


 屋敷の裏口を入ったところで、イアンはジョニーに言った。
「先に上がれ。 おれは戸締りを確かめてから行く」
 ジョニーは無言のまま、すべるように階段を上がっていった。 爪先立っているのか、足音はほとんど聞こえなかった。
 彼女が見えなくなると、イアンは段に座り込んでうなだれた。
 なんでジョニーなんだ? 特に美しいわけではないし、胸もそんなに大きくない。 すべて普通で、むしろ目立たない子なのに、なぜ彼女にだけ、焼けるほどの欲望を抱いてしまうのか?




 それから夜が完全に明けるまで、イアンは眠れないままだった。
 トムのほうはすっかり落ち込みから回復して、元気一杯な元の姿に戻っていた。 窓の外が白んでくると、すぐ起き出して寝床代わりのマントを拾い、バルコニーに持っていって埃落としをした。
 動き回りながら、彼はフンフンと鼻歌まで口ずさんでいた。 イアンはろくに飲んでもいないのに二日酔いのような状態で、トムの声が耳について頭ががんがんした。








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