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道しるべ  116 崩れた自制



 その夜、トムは大いびきをかいた。
 日頃は鼻息ぐらいで静かに寝るのに、その晩だけは違った。 失ってしまったと心を痛めていたジョニーが無事に戻ったことで、よほど安心したのだろう。
 一方、イアンはまったく寝つかれなかった。 トムのいびきのせいもあるし、すぐ隣にジョニーが横たわっているという意識もある。 そして何よりも、自分で自分に自信をなくしていた。
 イアンはこれまで逆上した経験が一度しかなかった。 留守の間に母が消えていたあの辛い日の午後だが、それ以外は、戦の最中でさえ、頭の一部は冷静に戦況を判断し、敵を確実に狙って倒した。
 そういう自分を密かに誇っていたのに、その自信ががらがらと崩れた。
 教会が肉欲の罪をあれほど責める理由が、初めてわかった、と、彼は苦く反省した。 考える前に体が動いてしまうなどという、許せない瞬間が本当にあったのだ。
 故郷に帰ったら、トムとジョニーはすぐ夫婦になるだろう。 それまでの二週間から一ヶ月、この欲望を隠し通せるだろうか。
 隠さなければいけない。
 イアンは自分に厳しく命じた。 トムは親友で、ジョニーは彼を慕っているのだ。 自分の出る幕はどこにもない。
 彼は寝返りを打って、暖炉に背を向けた。 そして他の考えで頭を一杯にしようとした。
 もう間もなく、生まれて初めて自分の財産を手にできる。 それに、戦いでいくらか手柄を立てたから、領主(父と思いたくなかった)はすぐ騎士にしてくれるかもしれない。 そうなれば領地が持てる。 騎士号の授与が先延ばしされたら、トムと同じように自営農として土地を買ってもいい。
 すばらしいことだ、おれにも遂に運が巡ってきたんだ、とイアンは自分に繰り返し言い聞かせた。


 翌朝、まだ暗いうちに、イアンは樽を地下室から運び出しにかかった。 林の更に奥へ転がして目立たないように並べ、肩が疲れても自分に罰を与えるように運び続けた。
 やがて筋肉に震えが来て、どうにもならなくなるまでやってから、ようやくルドン邸に戻った。 そして裏の井戸に行き、凍るほど冷たい水で汗だくの体を拭いた。
 ほとんど拭き終わったところで、かすかな気配を感じた。 瞬間的に振り向くと、夜が明ける寸前の薄明かりの中に、ジョニーが立っていた。
 彼女はすぐに、手に持った着替えを差し出して、囁くように話しかけた。
「これを着て。 今朝は特に冷えてる。 裸で上まで行くうちに、つららになってしまうわ」
 イアンは黙ってシャツを受け取り、身にまとった。 動作の間、張り付けたようにジョニーから目が離せなかった。
 着終わると、ジョニーは上着を出してきた。 受け取るとき、指と指が触れた。
 再び、雪崩〔なだれ〕のような衝動が落ちかかった。 わけがわからないうちにイアンは彼女の背中を抱き取り、夢中で口づけを浴びせていた。








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