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表紙

道しるべ  113 渦巻の中に



 再び暗くなった室内から、二人はしっかり手を握り合って表の地下室に出た。 こっちの部屋は上に窓がついているので、明るくすると外に漏れてしまうのだ。
 そのかわり、上からも光が入ってくるため、薄ぼんやりと周囲が見えた。 だから、ワイン樽の棚にぶつからずに通り抜けることができた。
 急角度の斜面の横につけた狭い階段を、イアンは先にジョニーに上らせ、すぐ後からついていった。
 ジョニーは壁の鎖を頼りに、重い足を運んでいた。 だが、その疲れはイアンの予想以上だったらしい。 中ほどで爪先が上がりきらず、段の角に引っかけてガクンと前のめりになった。
 イアンが反射的に抱き止めた。 両腕を使ったので、鎖が手から離れた。 たたらを踏む格好になって、なんとか落下はまぬがれたものの、ジョニーを押しつぶす形で階段上に倒れてしまった。
 慌てて腕を立てて上半身を起こしながら、イアンは囁き声で尋ねた。
「大丈夫か?」
 すぐ、か細い声が戻ってきた。
「たぶん」
「今立つから、ちょっと待って……」
 体を横に動かしすぎて、斜面に乗ってしまった。 たちまちイアンは下にすべっていき、ジョニーをも巻き添えにした。


「くそっ、まったく」
 床面の上で毒づくと、イアンは低く笑い出した。 ジョニーが無事に帰ってきたから、こんなことが起きても上機嫌でいられた。
「ひどい坂だよな。 尻がすりむけなかったか?」
 返事の代わりに、ジョニーの肩が大きく波打った。 彼女も笑いをこらえているのだった。
 おおらかな気持ちで、イアンはジョニーを両腕で包んだ。
「また逢えて、どんなに嬉しいかわかるか? もう二度と一人で置いといたりしないからな。 安心しろ」
 腕の中の揺れが、不意に止まった。
 温かい小さな手が、イアンの顔に触れた。 そしてふっくらした唇が、彼の頬に押し当てられた。
 感謝と友情の証──ただそれだけのはずだった。 でもその唇は、突如イアンの血を沸騰させた。
 瞬時に何も考えられなくなった。 ただ胸の中の柔らかい体と、唇が頬に残した甘い感触だけが、イアンの頭を占領しつくした。
「ジョ……ジュヌヴィエーヴ……ジュヌヴィエーヴ……!」
 喉が勝手に彼女の名を呼んだ。 むせぶような声をあげながら、イアンは彼女の口に、顎に、胸に、夢中で唇を這わせていった。


 初め、ジョニーは息を詰めた。
 仰天しているのが、薄い布地の上からはっきりと感じ取れた。
 しかし、彼女の腕も徐々に持ち上がり、イアンの肩に触れ、首筋に回った。 二人は精魂込めてキスを繰り返しながら、情熱の炎に焼かれて堕ちていった。







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