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道しるべ  112 無事を喜ぶ



 夜中だから外は暗いが、地下道の中は更に真っ暗で、跳ね上げ戸を閉めると自分の手さえ見えなくなった。
 イアンはジョニーの肩を抱き寄せ、かびと埃の臭いのする土の上を歩いた。 一本道なので、迷う心配がないのがありがたかった。
 ときどきカサコソという音が聞こえる。 足元を走りすぎる気配もあった。 住みついているネズミだ。 そのたびに、ジョニーはイアンに身を寄せ、ついにはすっぽり脇の下に入りこんだ形になった。
 彼女がこんなに甘えるのは初めてだった。 さらわれて、よほど心細かったんだろう。 そうイアンは思い、前に馬で相乗りしたときのような優しい気持ちになった。
「連れていったロバはどうした?」
「馬車から降りるときに、私がこっそり放したの。 ロバが逃げたから追おうとして、ショナールは背中を向けたのよ。 だから」
「刺せたんだな」
「……ええ」
 ジョニーは身震いした。


 間もなく道が行き止まりになった。 イアンがまた手探りで扉を探し、二人は塩が隠してあった秘密倉庫に入った。
「ここに樽が積んであったのね?」
 ジョニーが声を殺して尋ねた。
 そういえば、彼女は林でロバの番をしていた。 現場に入ったのはこれが初めてだ。
 壁のそばに火打石と火口〔ほくち〕を残してあったのを思い出して、イアンは松明に火を灯した。
「ほら、見てごらん。 あれが残った樽だ。 おまえがうまく逃げて帰ってこられたから、予定通り運び出して、明後日、いや明日には出発できそうだ」
 松明で地下倉をぐるりと照らしながら、イアンの声は弾んでいた。
 ジョニーはしげしげと石造りの頑丈な部屋を見回した。
「しっかりした造りね。 窓が全然ないのに、空気がよどんでいないわ」
 イアンは天井と壁の隅を指差した。
「あそことあそこに穴があいている。 建物のどこかに通じて換気口になってるんだろう」
 小さな笑みを浮かべて、ジョニーは近くにあった樽に腰掛け、部屋を観察しつづけながら足を指で揉んだ。
「長い間いろんな物を隠して、たんまり儲けたんでしょうね。 ほら、あの壁のところに鉛の棒が残ってる」
「たぶんイングランドから密輸入したものだ」
 フランドル連合からの船荷といつわって船を借りようとしたとき、番頭が心得顔であっさり引き受けたことを、イアンは思い浮かべた。 表向きはともかく、漁業と貿易で成り立っているこの港町では、一皮むけば大規模な密輸が行なわれているにちがいない。


 灯りがついたところで、イアンはようやくジョニーのシャツに血が生々しく飛び散っているのに気づいた。
 特に胸の部分は染みがひどかった。 これでは暗くならなければ帰路につけなかったのは当然だ。
「こんなところでぐずぐずしていると風邪を引くな。 早く上へ上がって着替えて、トムにも無事を知らせなきゃ」
 ふとジョニーの視線が逸れた。 うつむき加減に樽から降りると、彼女は先に立って本倉庫へ通じるドアのほうへ歩きかけた。
 素早くイアンがその手を取った。
「一人で行くんじゃない。 松明の火はここで消していくから真っ暗になる。 手を離すなよ」








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