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道しるべ  109 楽しい夜が




 男二人だけで食べる夕飯は、砂を噛むような味がした。 会話も弾まず、終いには怒ったような雰囲気になった。
 ジョニーはおとなしく、女性としては珍しいほど口数が少なくて、体も小柄だった。 そんな静かな娘が一人いないだけで、なぜ部屋の空間がおそろしく広いように感じるのだろう。
 宝捜しが成功した直後だからだ、とイアンは思った。 なにしろ昨夜は三人で盛り上がり、儲けを計算して、ワインを酌み交わしながら何を買いたいか声高に語り合ったのだ。
 イアンは何を置いても立派な馬が欲しいと言った。 堂々とした体躯のアラブ馬を手に入れたいと。 だが、馬以上に欲しいものがあることは、口にしなかった。
 それは非常に金のかかる計画で、おまけに頑固な二人の人物を説得しなければ成功しない。 これまでは不可能だと諦めていた。
 だが、四等分しても巨額な財源を手に入れた今、夢は夢でなくなるかもしれなかった。 イアンはそのとき、生まれてはじめてわくわくしていた。
 一方、トムは土地を買うことを考えていた。 自作農として豊かなヨークシャーの大地を耕し、家畜を飼って地道に暮らす。 それが彼の望みだった。
 ジョニーは最初、にこにこして二人の話を聞くだけで、何も言い出さなかった。 たぶん、自分には分け前はないと思っていたのだろう。
 だが、トムは初めから、ジョニーも仲間だと決めていた。
「ここの塩は、もともとイアン一人のものだ」
 彼は明快に言い切った。
「女スパイが教えたのは、おまえだけなんだから」
「よせよ」
 イアンは白けた気持ちになって言い返した。
「そもそも探しに来る気なんかなかったんだ。 クリントさんが勝手に乗り気になっただけで」
「だいたい、あの人にあっさり打ち明けてしまうところが、おまえらしいよ。 普通なら絶対秘密にして、後でこっそり取りに来る」
 そうトムが笑った。
「だから、おまえが一番多く取るのは当たり前だ。 そうだな、四分の三はおまえのもんだ」
「おれは強欲じゃない」
 イアンは静かに言った。
「金で友達を失いたくもない」
「まあ聞け」
 トムも穏やかな声で続けた。
「おれは行き場のないところをおまえに助けられた。 ジョニーもおまえに救われた」
「その子はおまえが連れてきたんじゃないか」
「いや、おれが勝手に決めたのに、おまえは許してくれた。 下働きとして一緒に連れていっていいと隊長から許可をもらえたのは、おまえが交渉してくれたからじゃないか。 恩に着てるんだよ、おれもジョニーも」
 イアンは返事に困り、暖炉の炎とワインのアルコールに顔をほてらせているジョニーに目をやって、片眉を吊り上げてみせた。
「ほんとか? こき使われたんで、酒のかわりに酢でも飲ませてやろうとか思ってたんじゃないか?」
 ジョニーはくつろいだ様子で、もたれた椅子を揺すりながら、しまらない笑顔になった。
「靴に小石を入れてやろうかと思ったことが、一回だけある。 でも、やらなかったわ。 信じて」
 トムは大きく燃える暖炉の前で、腹ばいになった。
「おれは暮らしていけるだけの畑地があれば充分だ。 それに、ただの弓兵が急に小金持ちになったら怪しまれて、村にいられなくなる」
「使わなくたって、壷に入れて隠しておけばいいんだ。 コインは腐らない」
「八分の一でも凄い金額だぞ。 壷が沢山必要だ。 だからジョニーとおれで、それを半分こにする」
「えっ?」
「おい!」
 仰天して、ジョニーとイアンが同時に椅子を倒して立ち上がった。
「それはないだろう!」
「私はあなたを貧乏にしたくない!」
 それからは三人で、唾を飛ばしながらの大激論になった。


 結果はイアンが三分の一を受け取り、トムが四分の一、ジョニーが六分の一、残りをクリントに渡すということで、なんとかケリがついた。 その頃には三人とも酔っ払っていて、トムが証文として書いた羊皮紙の文字が、上に下にとよれよれになっていた。
 すばらしく楽しかった。 それなのに……。
 












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