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道しるべ  107 なぜ消えた




 ジョニーが逃げた!
 そうイアンは、はっきりと悟った。 まるで誰かが耳元で、大声で喚いたかのように。
 飛び込んできたときとは対照的に、彼はのろのろと廊下を歩き、ゆっくりと裏庭に出た。 驚きで、頭がしびれていた。
 間もなく、馬小屋からトムが現れた。 彼も妙に虚ろな表情で、どうにも納得がいかない感じだった。
「ロバが一頭いなくなってる」
「一頭だけか?」
「そうだ」
 ロバだけ牽いて、出ていったのか? イアンは背筋が寒くなった。
「金がそっくり残ってるんだ」
 二人は目を見合わせた。 トムが後悔に駆られて、彫りの深い顔立ちをくしゃくしゃに歪めた。
「イングランドへ渡るのが、そんなに嫌だったんだろうか」
「そういえば、おれたち訊いてみなかったな」
 トムは膝を曲げて両手を置き、肩を落とした。
「女一人で旅費もなくて、どこへ行けるっていうんだ」
 一人だろうか。
 イアンは額を打たれたような気がした。 もしかしたら……。
 彼がいきなり裏庭の地面を調べ始めたので、トムはびっくりした。
「どうした?」
 イアンは答えず、なおも冬枯れした地表を眺め回し、馬小屋のほうへ辿った。
 やがて、目当てのものが見つかった。 木の根元の柔らかい土に、足跡が二つ並んでついていた。
「トム」
 呼ばれて行ってみると、イアンがその足跡の横に自分の足を置いた。
「おれのより小さい。 もちろんおまえよりずっと。 それに、ついて間もない靴跡だ」
 トムは前かがみになって、もう一つの軽い足跡を指差した。
「このもっと小さいやつは、ジョニーのだな」
「ああ。 誰かが彼女を連れていったんだ」
 密猟の経験があるので、跡を尾けるのは得意だった。 狐の臭跡を追う猟犬のように、イアンは薄くなっていく二組の足跡をたどった。 ロバの蹄の跡も並んでついている。
「無理に連れ出されたんじゃない。 引きずられてないから」
「どういうことだ!」
 無意識にトムは大声になった。
「この町に、ジョニーの知り合いがいたってことか?」
「たぶんな。 人さらいなら、ロバを全部連れていくだろうし、金箱も奪っていくはずだ」
「なんてこった」
 トムは低く呻いた。
「黙って消えちまうなんて。 どんなに心配するかわからないのか」
 それから彼は、すっくと身を起こした。
「探しに行く」
 イアンは反対しなかった。 自分の意志で去っていったのなら、後を追っても無駄だと思ったが、それでも探したかった。
 この半月以上、苦楽を共にした仲間なんだから。












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