表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  106 行方知れず



 イアンは巧みに商談を進めた。 荷揚げ状がないのは船が沈みかけたせいにし、ポーツマスの港に入れば立派な保証人がいると誓ってみせた。
 冬の海は波が荒かったが、今のところ天気はよかった。 数日は好天気が続くだろうと番頭のブノアは予測していた。
「今日は膝が快調ですのでね。 雨雲が近づくと二、三日前から痛むんですよ」
「では、うまく行けば丸一日で向こうへ着けるでしょうね」
「そうなることを祈ります」
 契約は成立し、イアンはブノアと握手を交わした。 ブノアは、きちんとした服装の折り目正しい青年たちが気に入ったらしく、くつろいで夕食を、と自宅に招待してくれた。
 イアンは少し心が動いた。 もう何日も、満足な食事を取っていない。
 だがすぐ、ジョニーが他人の屋敷に一人残されているのを思い出した。 もう三時間近く置き去り状態だ。 心細い思いをしているだろう。
 結局、積荷や仲間が心配だと説明して、二人はブノアの招待を丁重に断った。


 イアンとトムは、軽い足取りで帰りを急いだ。 値段の駆け引きは思った以上にうまく運んだ。 ブノアの勤めるモンセール商会はちゃんとした船会社で、まともな貸料を提示した上、半額を即金で払えば、残りは目的地に無事到着してからでもいいという好条件を承知してくれた。
 これで塩を持ち出せるめどがついた。 二人は肩の荷が下りて、一段と空腹になった。
 港の端に屋台が出ていて、内陸育ちのイアンには名前のわからない魚や貝を籠に入れて売っていた。
 イアンは通りすがりに、赤っぽくて白目をむいている平たい魚を指差した。
「あれをジョニーが料理できると思うか?」
 トムは、魚の分厚いウロコや固そうな骨格を眺めて、かぶりを振った。
「たぶん無理だろうな。 おれだって、どうしたら食えるか見当もつかない」
「おっと」
 小さな屋台の群れを目で追っていたイアンが、嬉しそうに声を上げた。
「見ろ、豚の足を売っているぞ。 あっちには背油もある。 暖炉でこんがり焼いて食えば、それだけでうまい」
「リンゴもある。 クルミもだ。 買って帰ろう」
 二人はいろいろと食料を買い、シードル(りんご酒)も手に入れて、ご機嫌でルドン邸への帰り道をたどった。


 裏木戸からそっと入った庭は、静まりかえっていた。
 ジョニーが屋敷から出てこない。 午後の陽はのどかに裏庭を照らしていたが、すぐにイアンは異変を感じ取った。 まるで敏感な獣のように。
 友が鋭い刃のように神経を張り詰めたのを感じて、トムの笑顔もすぐ引っ込んだ。
「変だな、ジョニーはどうした。 おまえは家の中を捜せ。 おれは馬小屋を見てくる」
「わかった」
 イアンは身を翻して屋敷に駆け込んだ。
 廊下を小走りで進みながら、小声で呼びかけた。
「ジョニー!」
 答えはなかった。
 真っ先に、ゆうべ寝室にした部屋に行ってみた。 そこはきちんと片付き、薪はとっくに燃え尽きて白い灰になっていた。
 トムとイアンの荷物は、壁の前に並んでいた。 金箱は、その荷物の後ろに隠れるように置いてある。 蓋を開けると、中身はまったく減っていないように見えた。
 だが、いつもジョニーの担いでいた袋は、どこにも見当たらなかった。













表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送