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道しるべ  104 声がかかる



 それから二人は地下倉庫に引き返し、隅に積んであった空の麻袋やボロ布を持ってきて、外に出した塩樽を覆い、その上に落ち葉を被せて人目につきにくくした。
 幸い、藍色に変わりつつある空はすっきりと晴れ渡り、東には早くも星がまたたき始めていた。 この様子だと、明日も晴れはまず間違いない。


 翌朝、日の出前に起き出したイアンとトムは、赤く燃える暖炉の横にうずくまって居眠りしている小さな姿を見て、一晩中気持ちよく眠れた理由を悟った。 ジョニーがずっと薪をくべて、火を絶やさないようにしてくれていたのだ。
 それでも節々はしびれていたが、戦いの荒々しさに比べれば、まだ耐えられる範囲だ。 若者たちはぎくしゃくと立ち上がり、肩や膝関節をほぐしながら、わずかに残っていたワインで喉をうるおした。
 二人の立てる物音で、ジョニーも目を覚ました。 三人揃ったところで、手早く分担を決めた。 ここの言葉を使えるイアンが船を借りる交渉に行く間に、トムが港の様子を調べる。 そしてジョニーはロバの世話をし、ルドン家の住人たちがもしも帰ってくるようなら、ロバを連れて向かいの林に隠れる。
「あいつらは荷馬車を牽〔ひ〕けるだろうかな」
 イアンが呟くと、トムが太鼓判を押した。
「牽けるとも。 引き綱が必要だが」
「そうだ、それも買わないと」
 さっそくジョニーが、端数まで計算した金箱を持ってきた。 へそくりは予想したより多くて、銅貨や小型のソルド銀貨(≒3千円)が混じっていたにもかかわらず、百二十フローリン(≒1440万円)以上に達していた。
「けっこう多かったな」
 トムが顎を撫でながら感心した。
「これだけあれば、クリントさんから貰った金に手をつけなくても、船賃が出せる」
「ルドン一家は闇商人らしいから、あぶく銭をあちこちに隠してるんだよ」
 イアンは冷やかに言い、金貨を無造作に掴んで懐の小さな革袋に移した。
「手つけ金に持っていく。 海岸まで一緒に行こう、トム」
「よしきた」
 今日は巡礼服は着ず、バックルのついたジャーキン(短い上着)とマントで若い商人風の装いにして、二人の若者は街へ出ていった。


 ディエップの港は小さく、漁船が幾つか、風に揺られて寒そうに繋がれていた。 浅瀬から少し離れたところには、小型のバージ船が二隻あった。 商船だが、英仏戦争が日常化したこの頃ではあまり出番がないらしく、冬の日に照らされて所在なげに見えた。
 網を抱えた通りがかりの男に聞いてみると、船の持ち主の名を教えてくれた。 船主は海岸近くに倉庫を構えていて、自宅は安全な街中にあるという。 その倉庫に一時保管できるなら、他を探す必要はない。 イアンは予定を変え、トムを連れて船主の事務所に行ってみることにした。


 その時分、ジョニーはせっせとロバ達にブラシをかけ、水と餌をやって、馬屋の奥の見えにくい場所に隠した。
 外は日が差していたが、風が次第に強くなってきて、普段の走り使い小僧の身なりでは寒かった。 それで、家に入って巡礼服を重ね着し、フードを被って、今夜の分の薪を庭の小屋から運ぶことにした。
 三往復目、薪小屋から腕一杯に抱え出して、裏口に向かって歩き始めたとき、背後から不意に男の声がかかった。
「やあ、精が出るね」














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