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道しるべ  103 大切な仲間



 ジョニーとトムの仲がどの程度まで進んでいるのか、イアンにはよくわからなかった。
 二人が深く信頼し合っているのは感じる。 イアンがきちんと説明しなければ通じない仕事を、トムが目くばせ一つでジョニーに伝えたのを見たことがある。
 彼は勘が鋭いほうだが、男女の機微については空白があった。 肌を合わせた女性は十指に余るほどいても、心を開いたことは一度もなかったからだ。 冷たく捨てたこともなかったが。
 未亡人の一人は、こう言った。
「あなたはまだ若いから、ずっと先に待っているものに憧れているんでしょう? いつか夢が見つかるといいけど、難しいわよ」
 また、夜中に目を覚まして天井を眺めている彼に気づいて、ある奥方は、こう嘆いた。
「いつも醒めているのね。 相手を夢中にさせても自分は溺れない。 鍵をかけた宝石箱みたいな人なんだから」
 それを聞いたとき、思ったものだ。
 宝石箱なんて上等な代物じゃない。 おれはちっぽけな掘っ立て小屋だ。 子供のころからずっと、隙間風に吹かれながら脚を抱えてうずくまっているんだ。
 傍〔はた〕からは、しっかり者に見えるかもしれない。 そう見せるようにずっと努力してきた。 しかし、イアンを支えているのはトムの友情だった。 イアンの理想とする究極の男らしさを備えていながら、食用に鶏の首をひねるのもためらうほど優しいトム。 その真っ直ぐな心を守るためなら、イアンはどんな犠牲を払ってもかまわないと思っていた。


 ちょこんと机の前に腰掛け、金箱の蓋を開けて硬貨を仕分けしはじめたジョニーを残して、男二人は地下の倉に戻った。 そして、塩の詰まった樽を転がして、向かいの林に移す作業を始めた。
 最初は、運んでも運んでもほとんど樽の数が減らないように感じられた。 中腰で押し続ける背中が痛み、腕も張ってきた。
 それでも、樽二個で家が建つと言われるほどの貴重品を手に入れたと思うと、力が新たに湧き出して、夜明けの明星がまたたく頃には、百個以上ある樽の半ば以上を、林の中に移動させていた。
 空が白んできたのを見計らって、二人は作業を中断した。 冬だと言うのに上着はとっくの昔に脱ぎ捨て、滝のような汗が体中からしたたっていた。
「いくつ出した?」
 トムの問いに、イアンはすぐ答えた。
「七十一個」
「すると、まだ四十三個残ってるわけだな」
「もう置くところがない。 重ねると目立ってしまうし」
「明日は体中の筋肉が悲鳴を上げそうだな」
 トムが呟いて、白い歯を見せながら空を仰いだ。
「そろそろ夜明けだ」
「今度は荷車と船の手配か。 港にこの樽を仮置きしておける場所を探さなきゃならないし」
「密輸業者は信用ならないぞ。 いつ海賊に変わるかわからん」
 イアンは口を結んでうなずいた。 トムの言う通りだ。 ここからが正念場なのだ。
「と言って、おれたちは船の操縦技術は習ってないしな」
「あれは難しい。 行きの船で船乗りたちを観察したが、風向きに帆を合わせて舵を取るだけでも至難の業なのに、潮の流れ、海岸線の形、海中の岩や浅瀬まで覚えておかなければ沈むんだから」
「ポルトガルからマデイラワインを運ぶ船なんか、大変だな。 あんな遠いところから、荒波にさらされて来るんだ」
「ワインが高くなるのは当然だよ。 あんなぜいたく品は、おれには必要ないが。 おれはエールがあれば充分だ」
 話題に出たとたん、喉の渇きを思い出して、トムはジョニーが分けてくれたワインの入れ物を腰から外すと、おいしくなさそうな顔で一呑みした。















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