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道しるべ  102 楽しい食事



 番人は追い払った。 後は時間との競争だ。「まず腹ごしらえをして、できるだけ沢山、塩の樽を運び出そう」
「戦闘が終わったのを知って、ルドン一家が急いで戻ってくるからな」
と、トムが返した。 いつもながら冷静で、細かく説明する必要がない友だ。
「そうだ。 まずは林の奥に隠しておいて、夜が明けたら荷車を借りてくる」
 三人とロバは、無人になった屋敷に堂々と入り込んでいた。 ロバは馬小屋で水と餌をもらってのんびりしていたし、人間は、番人が寝泊りしていたらしい二階の部屋を見つけて、暖炉に気前よく薪を放り込んでボンボン焚いていた。
 ジョニーが、担いでいた袋からソーセージと黒パンを出した。
「昨日のを残しておいたから、酒場に行かなくても食事できるわ」
「それはありがたい」
 トムもエールの壷を取ってきて、三人は暖炉の前に座って食べながら話を続けた。
「どうやって売りさばく?」
 トムが尋ねた。
 イアンは銅のマグでグッとエールを飲んだ後、考えを口にした。
「いくつか手はある。 ドイツからの塩を扱っているアントワープに行くか、またはロンドンやポーツマスまで運んでいくか」
「ここでは売れないの?」
 ジョニーが身を乗り出すようにして訊いた。 彼女のマグにもエールをついでやりながら、トムが代わりに答えた。
「敵国だし、ディエップの町は小さくて、大量の塩を売るのは人目につきすぎる」
「そうね、確かに」
 少しの間、三人は黙々と食べた。
 やがて、イアンが決断して話し始めた。
「おれとしては、ポーツマスへ持っていくのがいいと思うんだ。 ここへ来る前、港で交渉に立ち会ったとき、顔見知りになった大商人がいる。 ジャック・バンベリーというんだが、率直で話のわかる男だった。 彼に相談すれば、なんとかなりそうだ」
 トムが真面目な顔でうなずいた。
「おまえに任せる。 おまえは本土でもカレーでも、あのごたごたしたサン・マロでも、交渉に引っ張りだこだったからな。 腕がいいのは証明済みだ」
「通訳して書類を作っていただけだよ」
「おい、こんなときに謙遜するな。 頼りにしてるんだから」
 解決の筋道が立ったので、ほっとしたトムは大きく背伸びして腕を伸ばした。
「さあ、これから樽転がしにかかるか」
 イアンは、自分もいそいそと立ち上がったジョニーに、敷石から探し出した箱を渡した。
「あの樽は女には重すぎる。 それより、この家の女主人が釣り銭を貯めていた箱を見つけた。 いくら入っているか勘定しておいてくれ」
 がっかりした様子で、ジョニーはまた腰を降ろした。
「わかった」
 トムが傍を通りがけに、身を屈めてジョニーの額をキスでかすめていった。
「いい子だ。 むやみに庭に出るんじゃないよ。 表のかがり火はつけておくが、番人が見えないんで庭に入り込む浮浪者がいるかもしれない」
「ここでおとなしくしてるわ」
 二人が軽く手を取り合ってから離すのを見て、イアンは胸がつかえるような気持ちになった。 辛いとか苦しいというのではない。 はっきり言い表せないもやもやは、寂しさに一番近いようだった。














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