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道しるべ  99 秘密の部屋



 もうあまり期待はしていなかったが、それでもイアンの気持ちは明るくなった。 急いで壁の松明〔たいまつ〕を手に取ると、トムの踵を踏みそうな勢いで、彼の後について廊下を走った。


 地下室へ降りる通路は、イアンが塀を乗り越えた場所のすぐ近くにあった。 ただし、分厚い壁が庭と通路を隔てていたが。
「突き当たりに扉をつけて、普通の部屋のように見せてるんだ。 で、開くと、ほら」
 すぐ前に、急な斜面が待ち構えていた。 知らないと、足を踏み外して暗い穴の中に落ちてしまいそうだ。 下から冷たく湿っぽい風が吹き上がって、トムの上着がはためいた。
 イアンは腕を伸ばして、松明の光で中を探った。
「すべり降りたほうが早そうだな」
「実際そうやってるんじゃないか、この家の連中は?」
 トムの指差した方向に、長い鎖が垂れ下がっていた。 その鎖の端は、扉の横に打ち込まれた鉄輪にくくりつけられていた。
「荷物と一緒にすべっていって、この鎖でよじ上っているんだ」
「うまいこと考えたな」
 斜面の右には狭い階段が彫ってあったが、イアンは手っとりばやく鎖を握り、斜面に腰を降ろして、下を見下ろした。
「地面のでこぼこが見える。 下は掘りっぱなしの土らしい」
「気をつけろよ」
 トムがそういい終わる前に、イアンはさっさとすべっていった。


 下まで斜面はまっすぐで、あっという間だった。
 着いたのは石壁で囲まれた空間だった。 思ったより狭い。 たった五歩で壁の上端に開いた小さな四角窓までたどりついたので、イアンは顔をしかめた。
 四ヤード(≒3メートル60センチ)四方ほどの土間は、ワイン樽を置く分厚い木棚で半ば以上占領されていた。 しかも、肝心の樽は一つしかない上に、栓が外れているところを見ると、空っぽのようだ。
 イアンはフンと鼻を鳴らすと、出入り口の下に戻って、トムに告げた。
「危険はないが、めぼしい物もない」
「待ってろ。 今降りていく」
 言葉に続き、トムがザッという音を立てて滑降してきた。
 彼はすぐ体勢を立て直すと、鋭い眼でぐるりと地下蔵を眺めた。 そして言った。
「屋敷の規模に比べて、ここは小さすぎる。 別にもう一つ地下室があるか、このどこかに隠し部屋があるかだ」
 たちまち二人は手分けして、四方の壁に触れ、軽く叩き回った。 すると一箇所が、イアンの手の下で虚ろな音を立てた。
「ここだ!」
 すぐにトムが飛んできた。 そして、慣れた様子で壁の下を探り、石と同じ色に塗った金属の留め金を見つけて外した。
 その上の部分を押すと、壁はぐるりと簡単に回った。 イアンは感心してトムを見やった。
「すごいな、おまえ」
「おれの育った修道院にも、同じ型の回り戸があったんだ」
 トムが低く答えた。


 それから二人は、松明を持ち直して、胸を躍らせながら隠し部屋に足を踏み入れた。
 そんな二人の前に広がったのは、整然と積み上がった樽の列だった。
 イアンは目をばちばちさせて、天井に達しそうな樽の山を見つめた。
「なんだ、これは?」
「少なくともワインじゃない」
 トムがかすれた声で呟くと、手前に積み残してあった三つの樽に近づき、短刀を抜いて一つの蓋をこじ開けた。
 中身を少し手のひらに取って、なめてみてから、彼はフーッと息をついた。
「塩だ」


 イアンの眼が大きく広がった。
「これが、全部?」
「同じ樽だからな。 きっとそうだ」
 手に残った塩を、トムは改めて松明の灯でじっくり眺めた。
「混じり物がなくて真っ白だ。 つやもある。 これは超一級品だ」
「ということは」
 イアンは胸が詰まって、よく息ができなくなった。
「樽一個で二百ポンド(≒90キロ)の重さとして、百ダカット(≒1000〜1200万円)は行くな」
 トムは目を細めて、更に塩を観察した。
「いや、もっとだ。 これはすごいことになったぞ」














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