表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  97 計画を実行



 教会でしばらく休息を取った後、若者三人は早めの夕食を近くの居酒屋『青い鶏』亭で腹に詰め込んだ。
 そうやって胃袋から体を温めて、再びルフ・シュル・ラ・メール通りへと向かった。 まだ午後の三時頃だが、静かな町にはすでに夕暮れの気配がただよい、松明〔たいまつ〕のない裏小路は、顔が定〔さだ〕かに見えないほど暗かった。


 回りに人影がないのを確かめてから、イアンはくぐり戸の隙間から屋敷の裏手を覗いた。 中にはまったく灯りが見えない。 食事の支度で水汲みに来るはずの井戸も、取り残されたように人けがなかった。
「やっぱり空家のようだ」
「じゃ、さっそく塀を越えて……」
「シッ」
 トムの囁きを、イアンが手を振って遮った。 建物の奥から、ぼんやりした赤い火影〔ほかげ〕が近づいてくる。 明かりは次第に大きくなって、抜き身の剣を持った番人が、手にした松明で周囲を照らしながら姿を現した。
 男は一人だった。 相棒は玄関口に残っているか、別の区画を巡回しているのだろう。
 トムも身を屈めて、裏庭の様子をうかがった。 二人の視線に追われているのに気づかず、番人は裏庭を横切って、左側の通路に消えていった。
 くぐり戸にもっとも近づいたとき、低い鼻歌が聞こえた。 警備といっても、相当気が緩んでいるらしい。 もうイングランド兵が来ないから、後は家人が帰ってくるのをのんびり待てばいいと思っているのだろう。
 番人が視野から消え、明かりの名残がなくなって薄闇が戻ってきた。 トムはロバ達の手綱をジョニーに預けると、両手を組んで、イアンの足がかりにした。
 身の丈六フィート(≒183センチ)以上あるとは思えない身軽さで、イアンはトムの手から肩へ上り、塀の上端に飛びついたと思ったら、次の瞬間にはもう裏庭に降り立っていた。
 すぐに横木の外れる小さな音がして、裏門が開いた。 トムは、ロバ達と共に近くの茂みに隠れてじっとしているようジョニーに囁いておいて、大きな体を縮めるようにして裏口から忍び込み、そっと扉を閉めた。


 侵入した後、トムが手真似で、さっきの番人の後を追っていくと知らせた。 イアンは頷き、自分はもう一人を探して正面の方へ行くことにした。
 屋敷の右角を曲がり、刈り込んだ植え込みの影を音もなく動いていくと、やがて正面玄関の柱が見えてきた。 そこにはかがり火が昼間より大きく焚かれ、もう一人の番人が槍に寄りかかってうとうとしていた。
 イアンは素早く表通りに目を走らせた。 ギーギーと鈍い音を振りまいて、玉ねぎやカブなどを積んだ荷車が通っていく。 昼間ずっと市場に出していた売れ残りなのだろう。
 その後に酔っ払いが二人、ふざけながら通り過ぎていった。 そして道路は無人になった。
 機会を逃さず、イアンは番人に飛びかかり、首に腕を巻いてグッと締め、意識を失わせた。
















表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送