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道しるべ  96 礼拝堂にて



 下町のほうへ行ってわかったことだが、普通の都市に比べて、ディエップは人通りが少なかった。
 木の枠組みを土で固めた家は、軒をくっつけてぎっしりと並んでいるのだが、出てくる町民があまりいない。 晴れた昼日中だというのに、町は閑散としていた。
 中心広場にも、数えるほどしか人通りがなかった。 水飲み場には、使役用のラバを引いた男が一人いるだけだ。 イアンは、地味な茶色の服装をしたその男の隣へ行って、ロバに水を飲ませながら、さりげなく尋ねた。
「こんにちは。 イギリスの野蛮人どもが尻尾を巻いて国へ帰ったと聞いたんで、アミアンへ巡礼に行く途中なんですが、この町はえらく静かですね」
 男は、寒さでかじかむ手を懐へ入れて、長い顔をイアンに振り向けた。 北国の男らしい無愛想な声が、短く答えた。
「ここが奴らの道筋になるって噂でね」
 イアンは驚いて瞬きした。
「英国軍はたしか、もうちょっと南を通りましたよ」
「そうなんだ」
 男は含み笑いした。
「俺は来ないと判断したんだ。 間違いなかったな。 逃げなかったから金を使わずにすんだ」
「それはいい考えでした」
 相手をおだてた後、イアンは微笑を浮かべた。 老若男女の誰にでも好かれる、無邪気な笑顔だった。
「じゃ、あわてて逃げ出した人が多かったんですね」
「その通り。 あと十日もしたら、みんなぼつぼつ帰ってくるだろう」


 ロバがたっぷり乾きをいやして満足してから、イアンとトム、それにジョニーの三人は町の空にそびえる鐘撞き堂を目当てに、教会へ向かった。
 聖水で清めた後、彼らは礼拝堂の中に入り、正面に祭られた聖骨箱の前に跪〔ひざまず〕いて祈りを捧げた。
 立派な梁〔はり〕が三層になって天井を支えている礼拝堂は、屋根が高いので暖かいとはいえない。 それでも、風が入ってこないだけ、吹きさらしの外にいるよりは居心地が良かった。
 それで彼らは、入り口近くにつないであるロバ達に目を配りながら、壁際の木製ベンチに座り、しばらく話し合った。
「さっき話を聞いたんだが、この町の連中はイギリス軍が攻めてくると思って、一斉に逃げ出したらしい」
 イアンの情報に、トムの眼が光った。
「おれも、こんなに人が少ないのは妙だと思ってたよ」
「だろう? ひょっとすると、ルドン家の住人もまとまって逃げたんじゃないだろうか。 あの門番達は、留守の間の泥棒避けなんだ、きっと」
 トムは笑って、膝を叩いた。
「もしそうなら、あいつらを倒せば地下室に行くのは簡単だ」
「そうだとも。 おれたちは訓練を積んだ兵士だ。 奴らの不意を襲ってぐるぐる巻きにして、ゆっくり宝捜しに取りかかろう」
 若者二人のはしゃぎぶりに、ジョニーまで満面の笑顔になった。
















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