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道しるべ  93 屋敷はどこ



 六日が過ぎた。
 クリスマス間近い早朝、一段と冷えるディエップの大門前で、三人は人込みに紛れて開門を待っていた。
 盗賊や敵国、時には自国の横暴な領主に荒らされるのを防ぐため、町は頑丈な壁で囲まれ、夜は許可証がないと入れてもらえない。 だから行商人や旅行者、町の教会へ礼拝に来た農民たち、出稼ぎ労働者などは、朝の開門を待って並ぶ。
 これまで三人は、晴れた夜は野宿し、天候が悪くなると修道院を訪ねて一夜の宿を乞うか、農家の納屋にこっそり入り込んだ。
 戦乱で、街道筋の宿屋は信用がおけない。 土地の者でないと、目の飛び出るような宿代をふっかけたり、中には夜中に強盗に変わる主人までいるという噂だった。
 そのため、目的地について三人ともホッとしていた。 節約したから、金は充分残っている。 ルドン屋敷とやらの地下にネズミと埃〔ほこり〕しかなくても、港で船を雇って密かにイーストボーンかヘイスティングスに戻るぐらいの資金は、手元にあった。


 空はまだ真っ暗だったが、教会の鐘が滲むような音を立てて鳴り出すと同時に、番人が大門の扉をきしらせながら開いた。
 人々は荷物を抱え、町に吸い込まれていく。 羊や山羊を引いて通る者、手押し車を重そうに押していく二人組もいた。 イアンは念のため、偽造した通行手形を袋から出しておいたが、眠そうな番人は顎をしゃくって、さっさと通れと合図しただけで、すぐ門に寄りかかった。
 畑や木立を通ってきた三人に、町のすえた臭いがどっと襲いかかってきた。 暖を取るために燃やす大量の薪のせいで、空気が濁って見える。 放し飼いの鶏や豚を避けながら、イアン達は灯りのついている店を探した。


 やがて見つけた小さな店は、居酒屋と宿屋を兼ねていた。 三人が中に入ると、大門のところで見かけた行商人がもう先客として座っていて、湯気の立つ煮込みをおいしそうに口に運んでいた。
 イアンは彼に近寄り、挨拶した。 定期的に町に通っているらしい行商人と顔見知りだと見せれば、居酒屋の主人も信用してくれるはずだ。
「やあ、さっき門のところで逢いましたね」
 赤ら顔の行商人は、イアンの爽やかな笑顔と土地言葉に安心して、打ち解けた表情になった。
「そうでしたな、巡礼さん。 たしかお仲間がおられたようだが」
「ええ、あそこに」
 イアンが入り口を手で示すと、行商人のほうから切り出した。
「このテーブルで一緒に食べませんか? 一人だとどうも楽しくなくて」


 渡りに船だ。 イアンはすぐ承知して、トムとジョニーに手招きした。
 貝と魚のごった煮とカルヴァドス酒で温まりつつ、テーブルで世間話が盛り上がった。
 と言っても、話すのは主にショナールという名前の行商人で、イアンは相槌を打ち、盛んに彼をおだててしゃべらせ続けた。
 やがてすっかり打ち解けたところで、さりげなくイアンが尋ねた。
「この町は懐かしいですよ。 子供のとき一度来たことがあって。 伯父が召使頭をしていましてね、確かルドンとかいうお屋敷で。
 訪ねてみたいんですが、なにしろ小さかったので、どこにそのお屋敷があるか、まったくわからないんですよ」

















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