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道しるべ
91 意外な提案
各地から寄り集まった領主たちは、早々に部下をまとめて船に乗っていった。
ワイツヴィル連合軍は後のほうになった。 船の予約は早いうちに成立していたのだが、総司令官のゴードンが胃腸を痛めて、激しく揺れる船に乗りたがらなかったのと、クリントが内輪の契約を地元と取り付けるのに少し時間がかかったためだった。
不幸中の幸いで、ワイツヴィル軍には死傷者がわずかしか出なかった。 しかし、軍費がかさんだのは事実だ。 それでクリントはゴードンに提言して、領地内で採れるスレートをフランスに輸出することにした。
断続的に繰り返される領土戦争で、イギリス−フランス間の貿易は先細りになっていた。 停戦協定が結ばれた直後だからこそ、すぐ戦闘が再開される見込みは少なく、船の行き来は楽になる。 イングランドの上質なスレートは、フランスやスペインの大寺院や邸宅に使われ、需要の高い建築資材だった。
その代わりに、相手もイギリスが喉から手がでるほど欲しい品物を売りつけた。 南で採れるオレンジ、芳醇なワイン、地中海貿易で得た絹や香辛料などなど。
「少なくともこれで、高貴な客が来たとき、わが屋敷はイングランド有数のもてなしができるな」
まだしくしくと痛む腹を押さえながら、ゴードンはそう言って笑った。
複雑な契約がほぼまとまった午後、イアンはクリントに声をかけられた。
「ワイン商のレナールが、おまえを番頭にほしいぐらいだと言っていたぞ。 字がきれいで読みやすい上に、計算まで得意だそうだな」
その口調には、正式に習ったわけではないのにどこで学んだ、という驚きが隠されていた。
イアンは脇に抱えた紙ばさみをちらっと眺めてから、淡々と答えた。
「手ほどきは母から、字体と計算はトム・デイキンから教わりました。 トムは修道院でとても優秀だったようです」
「そうか」
クリントは額に皺を寄せて、少し考え込んだ。
「図体が大きくて運動能力もすぐれているから弓兵にしたが、考えてみればもったいないかもしれんな」
「トムは人望があって隊長にもなれるし、経験を積めば差配やお城の執事にだってなれると思います」
思わずイアンは夢中になって力説していた。
親友を思うイアンの熱弁を、クリントは顔をほころばせて聞いていたが、すぐに真面目な表情に戻った。
「なるほど素質はある。 だが裏付けが必要だ。 しっかりした身元か、さもなくば財産が」
ただちにイアンは我に返った。 厳しい現世の制度は、誰よりもイアン自身がよく知っていることだった。
「はい、おっしゃる通りです」
クリントは、二人が話していた港の倉庫脇に転がっている壊れた空き樽に片足を置き、マントの紐を締め直した。
「そこでだ、おれはどうも気になってならないのだが、おまえが白状させたあの女間諜が、いまわの際に囁いたこと、あれを試してみる気にはならないか?」
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