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道しるべ  87 戦いの後に



「深手か?」
 心配したイアンの問いかけに、ヒューは泥はねのついた顔を上げて、にやっと笑ってみせた。
「槍で突かれた。 とんでもなく痛むが、骨にささらなくて助かった」
 修道院時代に教えられた化膿止めの薬草を塗り、きっちりと布端を結んでから、トムが立ち上がった。 敵の矢がかすめたのか、彼の頬にも一筋の血痕が走っていた。
「そういうおまえは? 銅色の鎧武者と切り合っているのを見たが」
「倒した」
 イアンはあっさりと答え、ヒューの横に座りこんだ。
「ド・クレシーと名乗っていた。 見事な馬に乗っていたが、別の奴と切り結んでいる間に、ハリナムがさっさと引いていってしまった」
 ヒューが大口を開いて笑った。
「あの小隊長は、馬となると目の色が変わるからな」
 二人が話している間、トムは心ここにあらずという様子で、やや小降りになった吹雪の合間を透かし見ていた。
「ジョニーはいたか?」
「いや」
 短い戦闘が終わってから、もう二十分は経つ。 イアンも気になって、左右を眺め渡した。
「鍛冶屋の馬車に隠れていろと言ったんだ」
 トムは額に手をかざし、目を細めてできるだけ遠くを見ようとした。
「それはいい考えだったな。 ここにいれば矢を運ぶのに駆り出されて、命が危なかった」
 荒涼とした広野の彼方から、よたよたと小さな姿が走ってくるのが三人の目に止まった。 イアンは愁眉を開き、トムは顔一杯の笑顔になった。
「ジョニー! こっちだ!」
 あちこちに焚かれた炎と、勝利の美酒に酔う人垣を大きくよけて、ジョニーは三人に走り寄った。 不恰好な帽子は頭から消え、乱れた髪と白い顔の半分がススで灰色に汚れていた。
 よろめき、トムの膝にぶつかりそうになってようやく止まると、ジョニーは雪の上にへたりこんで、切れ切れに囁いた。
「よかった〜。 もう見つけられないかと思った」
「もう少しで探しに行くところだったんだ」
 トムが静かに言い、小さな体を引っ張り起こした。
「ずいぶん探し回ったのか?」
「勝どきが聞こえてすぐから」
 喉がぜいぜい鳴って、声が途切れがちになった。
「二人が無事なように、聖バーバラと、聖ジョージと、聖イグナシオに祈り続けたの」
「おい、二人か?」
 ヒューが不満そうに小声で吼えた。
「だからおれだけ怪我しちまったのか」


 先軍に出した伝令が戻ってくるまで、短い休憩となった。
 雪が止み、空の雲が風で半ばほど吹き払われたため、太陽が傾いても、むしろ辺りの明るさは増した。
 動ける三人が落ち葉や枯れ枝を集めて、ヒューの前に火を熾〔おこ〕した。 小さい焚き火だが、揺れて立ちのぼるオレンジ色の炎は、寄り添う四人を家族のように暖めてくれた。

















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