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道しるべ  86 封じ込めて



 狙いを定めやすくするため、ルイスは敵兵がなだれを打って狭い谷あいから流れ出てきても、すぐには号令を出さなかった。
 そして、我先に逃れてきた彼らが待ち伏せを発見し、慌てて進路を変えようとして果たさず、後続に押されて混乱に陥るそのときを待って、突撃のラッパを高らかに吹かせた。


 たちまち、五百を越える矢が弓の弦を離れた。 その矢は、トムがジョニーに注意した通り、直接に目標を狙うだけでなく、わざと斜め上に向けて発射された。 英国軍得意の戦法で、フランスが主に使う石弓では難しい技術だ。 横から来た矢は鎧や盾に当たって弾けるが、上から雨あられと降ってくるものは避けにくく、軽騎兵の薄い兜を貫き、騎士の装備の隙間に突き刺さった。
 三秒か四秒に一矢という素早さで、長弓兵たちは矢筒から抜いては連射しつづけた。 大きい体ながら器用なトムは、長い腕を素早く動かして、周りを上回る速さと正確さで、敵の騎兵を倒していった。


 多くを失い、隊列をばらばらにされた敵軍は、声を嗄らして生き残りを寄せ集め、陣を張ろうとした。
 すかさず、イアンたち騎士見習で編成された下馬騎兵が、剣や斧、槍や矛を手に襲いかかった。 弓隊は一斉射撃を中断し、個別に敵を狙い打つ作戦に変更した。
 その頃には、小降りだった雪が本格的に降り出していた。 広野や丘の上が静かに白くなっていく中で、谷の周囲だけが泥と血にまみれ、荒々しい雄たけびと断末魔の悲鳴が木魂〔こだま〕した。


 騎士たちは馬を並べ、戦いに乗り込もうとはやっていた。
 だが、その必要はなかった。 半時間ほどで大勢は決した。
 戦意を失って敗走しかけている敵軍の中で、よく訓練された軍馬をあやつって、わずか数人で最後まで剣を振るっていた一隊が、ついに寄り固まって天を仰いだ。
 中の一人が兜を脱ぎ、冷たい地面に剣を投げ落とした。 それを見て、彼に従っていた者たちも、悔しそうに肩で息をしながら、次々と武器を手放した。


 彼らの多くは傭兵で、中心になっていたのはランス付近の小規模な諸侯たちだった。
 勝利宣言を行ない、敵を統率していたクレティアン・ラバラン男爵の降伏の儀式を終えた後、上層部は一足前に行った分隊に使いを出した。
 もう背後から不意打ちに遭う心配がなくなったことを伝え、サン・フレールの軍勢に援軍がなくなったと悟られる前に行動を起こせと助言するためだった。


 初めての戦いで勝利を収めたイギリス兵たちは、張り切って敵の装備や武具、戦死者の服までも剥ぎ取っていた。
 犠牲者は圧倒的にフランス側が多かったにしても、イギリス軍にも怪我人や死者は出た。 遺品の略奪に加わらなかったイアンが、疲れきって震える手に剣をぶら下げて戻ってくると、トムが積み上げた藁の横で吹雪を避けながら、ヒューの腕に布を巻いているところだった。

















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