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道しるべ  85 戦闘の合図



 間もなく、国王の名代セントクレア伯爵が、自分の部下とクリントの腹心ルイス小隊長を従えて、馬を走らせてきた。 イアンが振り向くと、ついさっきまで見えないほど離れていた軽騎兵や重装備の騎士軍団が、ずいぶん近づいてきていた。
 大隊長のリチャード・ライランドが、持ち前の破れ鐘のような声を張り上げて、立ち止まった歩兵と長弓隊に呼びかけた。
「後一マイルでラングロンと呼ばれる丘陵地帯に着く。 丘の背後には敵の騎兵部隊が潜んでいるという知らせが入った」
 とたんに潮鳴りのようなざわめきが起こった。 ライランドは両手を上げて、低い怒声を静めてから、指令を続けた。
「すでに手は打ってある。 先行部隊が丘の上に忍んでいって、こちらの合図で岩や倒木を一斉に落とし、敵の退路を断つ。 そして奴らが逆流してくるところを、まず長弓隊が狙い、残った者を兵たちが倒すのだ」
 隊のどこからともなく喚声が沸きあがり、一度に士気が高まった。
 ライランドは再び鎖かたびらに包まれた腕を上げて呼ばわった。
「ワイツヴィルのトム・デイキン!」
 トムははっとして姿勢を正し、ひときわ大きな弓を背中に揺すりあげて、前に進み出た。
 ライランドは精悍なトムの顔に目を据えると、腹に染みる声で尋ねた。
「おまえが五十フィート離れたところから樫の小枝を狙って射ち落とせるという、トム・デイキンなのだな?」
「はい」
 トムはてらうでもなく、静かに答えた。 すると、ライランドの眼が一瞬光った。
「よし、合図の火矢はおまえが射ろ。 ルイスの号令に遅れるでないぞ」
「かしこまりました」


 司令官たちが走り去ると、部隊は早足になり、やがて駆け出した。 トムはジョニーを道の端に追いやってから、隊の先に立って走り、ルイスの掛け声を待った。
 間もなく、一面灰色に変わった空から小雪が舞い出した。 白くはかない結晶を振り払って部隊は進み、薄茶色の岩と冬枯れした草木の入り混じった斜面に近づいた。
「今だ、デイキン!」
 ルイスの凛とした叫びとほぼ同時に、ヒューが矢に火をつけて渡し、その燃える矢を、トムが天空に向かって高々と放った。
 ハープの低い弦のような音を残し、火矢は赤い流れ星のごとく、大きな弧を描いて飛んだ。
 直後、斜面の裏側で地崩れを思わせる鈍い音が響き渡った。 そして、馬のいななきと人の慌てた叫び声も。
 ルイスと小隊長の指示で、長弓隊は進路を西に変え、谷の入り口に向かった。 すぐに地鳴りのような人馬の足音が近づいてくるのを、弓隊は一斉に第一矢をつがえて待ち構えた。















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