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道しるべ  84 逆襲間近に



 待ち伏せがわかっても、隊列は止まらなかった。 急に予定を変えれば、作戦がばれたと敵に気づかれてしまうかもしれないのだ。 マリーだけでなく他にも間諜(=スパイ)がいた場合に備えて、主だった貴族・豪族以外に情報は伏せられた。
 

 不機嫌なオーグルヴィー卿を細君のアーミントルードがなだめすかして、緊急作戦会議はすぐに開かれた。
 といっても行軍中なので、諸侯が世間話を装って数人ずつ馬を寄せ合い、意見や異論をたたかわせた後、信用できる部下が別の集団に伝えるという、まどろっこしい手法が使われた。
 ここでもイアンとヒューは重宝された。 どちらも記憶力がよく、なすべきことをわきまえている上に、信用が置けたからだ。


 幸い、実戦経験の乏しい若手貴族たちがクリントの意見を尊重したため、作戦は半時間も経たないうちにまとまった。
 隠れている敵の援軍は、前に行った味方の軍をやりすごしてからこっちに襲い掛かるか、または最後に現われて全軍を挟み撃ちする計画だろう。 どちらにしても、先軍には姿を見せずに通すはずだ。
 彼らの潜む谷は幅が狭く、両脇の斜面は急角度だと、ヒューは報告した。 見つかりにくく、丘の上から攻められないように、そういう地形を選んだのだろうが、ばれてしまえば危険な場所だ。
 味方の被害を最小限にして、敵を撹乱〔かくらん〕させる方法を、クリントは提案した。 さっそく、体の大きい騎兵が十人選抜され、斥候部隊のふりをして小ぶりの旗を掲げて出発していった。 その中には、敵の居場所を突き止めたヒューが、甲冑をつけて紛れこんでいた。


 その間、行進中の軍だけでなく、背後の商人や職人たちも監視され、こっそり抜け出るのは不可能になった。 イアンはヒュー達と行きたくて気持ちがはやったが、クリントは許さなかった。
「おまえは残れ。 わが軍のどこに姿を現しても怪しまれないのは、おまえだけだ。 どこからも歓迎されてるしな。 連絡係として、おまえは貴重な存在なんだ」
 それでやむなく、イアンはとりあえずトムの傍に戻った。 彼やジョニーに新情報を話せないので、居心地が悪かったが。
 イアンが小隊長に馬を返してから、ゆっくり戻ってくる姿を、トムはいつもの穏やかな眼差しで眺めた。
「ずいぶん忙しそうだったな」
 イアンは武者震いを押さえながら、できるだけ無表情をつくろった。
「もう後少しで戦場に着く。 最後の打ち合わせでごたごたしてるんだよ」
「お偉いさん方はそうだろうな」
 トムはのんびり呟いた。
「おれたちはただついていって命令に従うだけ。 ある意味、気楽なもんだ」
 それから、いつものように少し後ろを歩いていたジョニーを太い腕で引き寄せ、すぐ脇に置いた。 真剣な声がイアンの耳にも届いた。
「おまえは戦っちゃだめだぞ、ジョニー。 木の幹、岩の陰、どこでも隠れられるところに入りこめ。 戦闘の最中だけは、絶対におれたち兵士の近くに来るな」
















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