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道しるべ  83 正確な情報



 やがて空がかげり始め、灰色の雲が冬の太陽を少しずつ覆い隠していった。 そのせいで、まだ夕方とはいえないのに、辺りは薄暗くなった。
 弱々しい光の中を、思ったより早くヒューの馬が戻ってきた。 馬は冬の寒さでも白い汗をにじませ、口から霧のように息を吐いている。 がむしゃらに急がせて帰ってきたのが、一目でわかった。
 ヒューは転がるように馬の背から降りると、イアン目がけて走った。 細面の顔が引きつっていた。
「情報は本当だった。 あと一リーグ(≒5キロ)行くと、竜の背中みたいな丘が続いているんだが、その谷間に兵士がひしめいていた。 あれは明らかに待ち伏せだ。 ざっと見たところ、六百人はいたな。
 見えた旗印は、赤に白の斜線が入った盾と、立ち上がった緑の熊だ」
 イアンは唇を一文字に引き締め、疲れきった馬に目をくれた。
「さすがおまえだ。 よく調べた。
 じゃ、あの馬の手入れを従者に頼んでくれ。 おれは他のを借りてクリント隊長に報告しに行く」


 急を察した小隊長が足の速い馬を貸してくれた。 宙を飛ぶように駆け戻ってきたイアンを見て、クリントは隊列を離れてわざわざ迎えに来た。
「どうだった?」
「敵が隠れているのを、ヒューが首尾よく見つけ出してきました」
 イアンは手短に、迫る危険を告げた。 旗の紋様を聞くと、クリントは手甲つきの革手袋をはめた大きな手を強く握って拳を作った。
「クレティアン卿の印だ」
 やはりあの女スパイは事実を打ち明けたのだ。 そうわかって、イアンは驚きを禁じえなかった。
「こんなに真実を話しているなら、ディエップの屋敷の地下室というのも、罠ではないかもしれませんね」
「マリーという女がおまえだけに言い残したことか?」
 そう問い返して、クリントは片頬に笑みを作った。
「何かいい物を隠してあるんだろう。 報告はしないでおく。 ここまでで充分な手柄だからな」
 それからクリントは表情を引き締め、厳しい隊長の顔に戻った。
「これから至急、作戦会議のやり直しだ。 あと一リーグといえば、一時間ぐらいで着いてしまう。
 そうそう、さっき言ったおまえの仕事とは、オーグルヴィー男爵殿の奥方をなだめて、あの不精者の男爵を会議に連れ出すことだ。 男爵は奥方のいうことなら何でも聞くし、奥方はおまえと話したくてうずうずしているからな」
 またか。
 イアンは天を仰ぎたくなった。
 といっても、オーグルヴィーの奥方アーミントルードが嫌いなわけではない。 彼女は五十がらみの堂々とした女傑で、七人の子供を育て上げた母性愛の権化だ。 イアンをベッドに誘い込まず、亡くした息子代わりに細々と気を使ってくれる、優しい人柄だった。
 ただし、その分口うるさかった。 幼児のように世話を焼かれ、少しでも咳をすると極度にまずい水薬を飲まされる。 顔を合わせればこんこんと善意のお説教をされる。 辛抱強いイアンは、最後まで聞いているふりができたが、それが夫人にはいたく気に入ったようで、彼ほど素直で真心あふれる若者はいないと会う人ごとに吹聴してまわった。
 おかげでイアンには、アーミン様のマスコットという新しい仇名がつけられてしまった。















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