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道しるべ  80 自らの判断



 イアンたちの乗る馬は、すぐに騎士たちの騎馬行進に追いついた。 この一団は、歩兵に比べれば数はずっと少ないが、遥かに派手できらびやかだった。 騎士や貴族は、銀や銅色に輝く鎧の上に、目立つ原色のサーコート(≒陣羽織)をまとい、揃いの兜〔かぶと〕には羽根や布の飾りを誇らしげに差している。 まるで求愛の印に大きな尾を広げるオス孔雀のようだった。
 軍馬の前や横を、槍や旗印を持った部下たちが急ぎ足で囲んでいた。 イアンは彼らを避けながら、できるだけ早く馬を進ませ、先頭近くにいたクリントのところへ報告に向かった。


 クリントは、きびきびと要点を話すイアンの言葉を、ほぼ無言で聞いていた。 表情はほとんど変えないが、眉間に濃い眉が寄らないので、彼が報告に満足していることはイアンにもわかった。
「よし、ただちに斥候〔せっこう〕を出せ」
「わかりました」
 すぐ体を低くして馬を走らせ始めたイアンの背に、クリントの大きな呼び声が被った。
「済んだら、そのチビを置いてすぐ戻って来い! 大事な任務がある!」
「はい!」
 近道をして広野を走り抜けながら、イアンは明るい声で返事を残していった。


 クリントが忙しく考えを巡らせつつ、愛馬の手綱を持ち替えていると、斜め前からゴードンがスピードを落として並びかけてきた。
「ベントリーが何か探ってきたか?」
 我に返って、クリントは平静を装った。
「はい、今ご報告するところでした。 敵は女を陣中に忍びこませて、挟み撃ち作戦を探り出したようです。 したがって、敵側は強力な援軍を呼び寄せる可能性があります」
 ゴードンは、うっすらと髭の伸びた顎を指で撫でた。 困惑したときに出る仕草だ。 彼の髭は大変濃く、朝剃っても昼過ぎには翳りが目立つようになっていた。
「逆に不意打ちをくらうかもしれないのだな?」
「女はそのように口を割ったそうです」
 ごつごつしたゴードンの頬が、ふっとゆるんだ。
「さすがベントリーだな。 普通なら、拷問しても一日や二日は本音を吐かないだろうに。
 ベントリーには『女の夢』という仇名がついているらしいが、そなたは知っていたか?」
 急にイアンの話になったので、クリントは内心面食らった。
「いえ、まったく」
「そうか、さすがに上官にはくだけた噂はしないのだな。 ベントリーといつも一緒にいるデイキンは、『女の守護者』だそうだ。 わたしに言わせれば、あれは女子供の友、弱いものの味方だと思うがな」
 ゴードンの口調には、親しみに似た何かが込められていた。 クリントはすっかり驚き、思わず主君の後継ぎの顔をまじまじと見つめてしまった。
「確か若君は、ベントリーがあまりお好きでなかったと思っていましたが」
 ゴードンははたと気づいて、具合が悪そうに鞍の上で体を動かした。
 それから、声を落として早口で言った。
「あれは昔のことだ。 いろいろ周りに吹き込まれて育ったからな。 だが、わたしにも人を見る目ぐらいある」
 胸をふくらませて息を吸い込んだ後、ゴードンはいつもの調子に戻り、熊のような野太い声でクリントにきびきびと話しかけた。
「敵の援軍が事実とわかったら、すぐ作戦会議だ。 はっきりし次第、すぐ知らせるように」
 クリントは馬上で頭を下げた。 そして、ゴードンが再び前へ戻っていくのを眺めながら、心のうちで首をひねった。
──はて、ゴーディーは少しの間に見違えるほど大人になった。 イザベル様の押し付けを逃れて、今度は誰の影響を受けたんだ?──














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