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道しるべ  79 始末をして



 イアンはとっさにマリーを受け止め、その体がぐったりして完全に絶命したとわかるまで、しっかりと掴んでいた。
 ヒューというかすかな呼吸音と共に、マリーは静かになった。 イアンは暗澹〔あんたん〕たる気持ちで女を地面に横たえ、数秒待ってから短剣を抜いた。 心臓が停止すれば脈拍も当然止まり、血が吹き出てくることはないからだ。
 顔を上げると、取り囲む人垣の外にジョニーがいた。 鍛冶屋と並び、紙のように白い顔で、倒れた女を見つめている。 イアンが動くと、ジョニーの視線も彼に移った。
 目が合うとすぐ、イアンはジョニーを手招きした。 ジョニーはおっかなびっくりの様子で、男たちの横をすり抜けてやってきた。
 周りに聞こえないように、イアンはジョニーに小声で尋ねた。
「この格好で何か隠すとしたら、おまえならどこに入れる?」
 ジョニーは横目で死体をちらっと眺め、囁き声で答えた。
「胸元か、スカートの裾に縫いこむ」
「じゃ探せ」
 そして、ジョニーがごそごそ調べている間に立ち上がり、下っ端兵士たちを見渡した。
「もう終わった。 裏切り者は死んだ。 持ち場へ戻れ」
 男たちは顔を見合わせ、不承不承歩き出した。 いつまでも最後尾にいると、小隊長にどやされる。 前方の定位置に追いつかなければならなかった。


 マリーはスカートの裾ではなく、安物の毛皮で縁取った上着の襟に、裏切りの報奨金と思われるフラン金貨を縫い付けていた。 イアンは八枚あった金貨のうち二枚だけを証拠として取り、残りを鍛冶屋と弟子、それにジョニーの三人に分け与えた。
「みんなよくやった。 最後に親方に頼みたいんだが」
 イアンは木にぶらさがった男を見やり、次いで地面の女を眺めた。
「見せしめは一人で充分だろう。 ついでと言っては何だが、この女をどこかへ埋めてやってくれるか?」
「いいとも」
 フラン金貨を三枚も受け取ったガレン親方は上機嫌で、二つ返事で承知した。
 一方、生まれて初めて金貨を手にしたトミー少年は、何度も裏返したり指で撫でたり、なかなか目が離せない様子だった。
「すげぇ。 ほんとにおいらが貰ってもいいんですか? 金貨なんて一生かかっても稼げないのに」
「もてあますなら、それも俺が貰ってやろうか?」
 親方がからかうと、トミーは大あわてで金貨をボロ切れで包んで縛り、それからどこへ隠そうかと自分の全身を見回した。
 兵士たちと共に、野次馬になっていた道化師や商人、マリーの同業者も去り、辺りはがらんとしてきていた。 イアンはジョニーを促して、まず彼女を馬に乗せてから、自分も軽々と飛び乗った。
 冬の太陽はもう西に傾き、名も知らぬ丘の頂上をオレンジ色に染めていた。 その暖かい光につられるように、イアンの気持ちも次第に明るくなった。
 ジョニーは信頼できることを、身をもって示した。 この子は大丈夫だ。 仲間として迎え入れてやろう。 そして、トムに心惹かれているなら、邪魔せずに黙って見守ってやることにしよう。














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