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道しるべ  76 再度の行軍



 空はまだどんよりしていた。 ただし、屋根のように覆っていた雨雲は去り、遥か西には光の筋が見え始めていた。
 もう移動には慣れたもので、一時間もすると屋敷の荒れた庭にはずらりと馬車が並び、歩兵たちも装備を背負って隊を組んだ。
 その背後では、鈍く輝く鎧をまとった騎士と軍馬も揃った。 ワイツヴィルとグランフォート連合軍の総帥であるゴードンは、このところ風邪を引いて元気がなかったが、その日は咳をしながらも緋色と青のサーコートで着飾って、周りと談笑しながら愛馬サンダーにまたがった。


 やがてラッパが吹き鳴らされ、太鼓が轟いた。 敵はここから七マイルほどのところにいるはずだ。 あと数時間で戦闘になる。 今度は逃げられないように、二手に分かれて挟み撃ちすることになっていた。
 トムは第一分隊に入れられて、丘越えの道を行くことになった。 ようやく雑務から解放されたイアンは、トムの後ろから小さな影法師のようについていこうとするジョニーを引き止め、箒のような裸の枝を空中に広げているケヤキの陰に連れていって、通り過ぎていく人の列を見せた。
 本隊が道の彼方に姿を消したころ、最後の集団がやってきた。 粗末な馬車や羊、ロバなどを曳いた商人・芸人・春をひさぐ女たちの混成隊だ。
 だらだらと移動する人々を、イアンは木陰から目で探った。 あの怪しげな女は、ちょうど中ほどにいて、帽子や靴に鈴をつけた道化と談笑していた。
 紅をさしたその顔を、イアンはジョニーに指差してみせた。
「あの女が、クリントさんの部屋を立ち聞きしてたんだ」
 固い幹に手をかけて、ジョニーはその女を熱心に見た。
「赤い花飾りの?」
「そうだ。 敵の送り込んだ間者らしい。 外部と連絡を取るかもしれないから、こっちに混じって、あいつを見張ってくれ」
 そう指令を出しながら、イアンは考えた。 これまでずっとトムにべったりだったのだから、急に一人にされたら心細いだろう。 思いついて、ジョニーに手でついてくるように合図し、顔見知りの鍛冶屋の馬車に近づいていった。
 粗末な幌〔ほろ〕つき馬車をロバに引かせて、自分は前をのんびり歩いていたアレン親方は、きびきびして気が利くので知られる青年が、もたつき気味の子供を従えて急ぎ足でやってきたので、太い眉を上げた。
「やあ、イアン。 剣が欠けたか?」
「いや、そうじゃない」
 イアンは素早く、ジョニーの小さい肩を掴んで前に押し出した。
「この子がちょっと足をくじいた。 少し休ませれば直ると思うんだ。 できれば夜まで乗せていってやってくれないか?」
 アレンは気軽に引き受けた。
「いいとも。 そんなちっぽけな人参ぐらい、パン籠より軽い」
 ジョニーは、まずイアンの顔を見上げ、それからガレン親方に目を移して、おずおずと帽子を取ると小声で呟いた。
「すいません親方」

















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