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道しるべ
71 避難の場所
その日まで、英国隊は天候に恵まれていた。 ずっと晴れか、たまに曇ることがあるくらいで、道は埃が立つほど乾き、倒木や藁を探すのも楽だった。
だが、五日目からは様相が変わってきた。 朝のうちは、薄い雲の合間に太陽がたびたび顔を覗かせたものの、午後になると空はすっかり灰色雲の天幕に覆われ、遠くからはゴロゴロいう音までかすかに聞こえ始めた。
一行は、出発してからあまり変わり映えのしない平野地帯を歩きつづけていた。 冬枯れのした野原と荒れた畑が連なり、低い丘の裾にはブナやトネリコ、ニレなどと針葉樹の林が混じって続く。 エーヌ川の支流が眺めに変化をつける程度で、兵士たちは同じ道を果てしなく進んでいるような錯覚にとらわれかけていた。
それでも、退屈なほうが悪天候よりまだましだ。 いつもよりずっと早く暗くなった中、大粒の雨が降り出すと、男たちは首をすくめて、ラシャなどの分厚い生地のフードやマント、上着などを頭から引っ被った。
やがて道がぬかるんできた。 馬車が深い轍〔わだち〕にはまる前に、ジョニーは車台から降りて、イアンとトムに追いついた。 きのこの破れ傘のような帽子からは、すでに細い糸となって雨水がしたたっていた。
道が三方に分かれている辻で、トムは手を目にかざして、ねずみ色一色になった上空を眺めた。
「そろそろ夜営地を見つけないとな。 お偉方は大きなテントを張ればいいが、おれ達は岩陰か、せめてよく葉の茂った大木がほしいところだな」
「廃墟もいいぞ。 壊れた城や、打ち捨てられた教会とか」
その話が聞こえたかのように、後方から二人の軽武装兵が馬を走らせてきて、ぬれそぼった軍団の先頭まで行くと、馬体を返して止まった。
ずんぐりした方の兵士が、澄んだ声で告げた。
「ここより一リーグ(≒四.八キロ)ほど西に、ベルフォールの館がある。 家族がペストで全滅して、今は空家だ。 我々が先導するから、ついてこい」
無人の館といっても、一族が絶えてからまだ十年経っていないそうで、石造りの建物はしっかりしていた。
ただ、中身はひどい有様だった。 金目のものはすべて持ち去られ、家具は暖を取るために叩き割って燃やされていた。 二十を越す広い部屋の半数は埃が積もり、残りは安ワインと垢の臭いがしみついて、床には干からびた獣や鳥の骨があちこちに散らばっていた。 少し前まで野盗の住処になっていたらしい。
そんな状態でも、屋根があるだけありがたかった。 湿ったほだ木で何とか薪に火をつけ、大広間の暖炉を焚くと、その火で松明にも灯し、地下洞窟のように暗かった廃屋の何箇所かがほのぼのと明るくなった。
やがて熱いワインが配られた。 酒だけでなく、火に当たる男たちの全身から湯気が立ちのぼり、すぐに大広間は半乾きの汗と雨水の蒸気で、息苦しいほどのもやに包まれた。
酒が入ると、後は女が欲しくなる。 港に上陸してからこのかた、皆まじめに歩きつづけてきたため、この辺りで息抜きが必要だった。 それで、副隊長の暗黙の了解のもと、部隊についてきた女たちが広間に招き入れられて、お祭り騒ぎが始まった。
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