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道しるべ  70 偵察のため



 翌日も行軍は続いた。 その日以降は、朝食を前の晩の設営地で済ませてから出発し、昼は短く休憩して、薄切りのパンをワインで流し込むぐらいの軽食になった。
 トムは料理係の一人がジョニーに親しみを持ったのを幸い、彼に頼んで、鍋などの料理器具を積んでいる荷馬車の後ろにジョニーを乗せてやるのに成功した。
 あいかわらず気温は低かったが、まだ晴れが続いているので、兵士たちは元気だった。 話し合うときもしっかりした声が出ている。 彼らの主な話題は、決戦がどこの地で行なわれるかという疑問だった。
「マッシーが言ってたが、敵軍はアブヴィルとかいう町の近くにいるそうだ」
「こっちが追っていることになるのか?」
「追われてはいないからな、今のところ」


 当時の主戦は、まず敵味方が話し合って場所を決め、陣を取ってから開始するというやり方だった。
 小規模戦でこつこつとフランス領地を広げているド・ゲクランにしても、そのルールは守っていて、英国軍と正式に決めた日時と場所を違えるようなことはなかった。
 だから、こちらがすべきことは、相手の軍を早く発見し、追い詰めて戦わせることだ。 見つけるのが早いほど、消耗も少ない。


 四日目になると、ジョニーの足はずいぶん慣れてきた。 これまで履いてきた兄の靴がすり切れたので、イアンが商人からサイズの合う靴を買って与えたのが効いたせいもあった。
 一行がルサンソンという町の近くを通り過ぎた日があった。 そのとき、副隊長のド・トゥケ伯爵が命じて、敵の様子を探らせるため、町に数人の若者をもぐりこませた。
 疑われずに潜入するために、フランス語を現地人のようにしゃべれるイアンが同行した。 そして、旅人のふりをしてあちこちの店を覗き、世間話をしている間に、靴屋で古靴を見つけて、さりげなく買った。
 高い壁に囲まれた町の中は、人で溢れかえっていた。 英国軍の上陸は既に知れわたっていて、近くの農民が次々と逃げ込んできたからだ。
 目の前にいるのがその敵とも知らず、町の人々は、遠くから来たらしい旅人に最新情報を教えてもらいたがった。
「赤っ面のイギリス野郎どもの噂を聞きましたか? 背中からはみ出るほどの弓を背負っているそうですな。 前のときは幸いここには来なかったんですが、今度は道一杯に地響きを立てるほどの数が行進していたそうで」
「出会いませんでしたよ。 神のご加護で」
 すました顔で、イアンは連中を安心させた。
「たとえ来たとしても、ここの頑丈な城壁は破れないでしょう」


 午前中に出かけたスパイ達は、夕闇が迫る頃にようやく部隊に追いついた。
 軍はすでに野営地を決め、支度を始めていた。 若者たちが坂を登って姿を見せると、目ざとく見つけたトムが大きく上着を振って迎えた。
「無事だったか。 遅いから心配したぞ」
 イアンもほっとして、大きな笑顔になった。
「街中は細かい道が入り組んでいて、抜け出すのに時間がかかったんだ。 オレ達のせいで出入り口の警備も厳重だった」
 トムの横に立っている小さな姿も、破れの入った帽子の下からイアンをじっと見つめていた。 何も声に出して言わなかったが、その大きな瞳には、心配と安堵の色が入り混じっていた。















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