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道しるべ  69 甘えない娘



 冬で一つだけいいのは、やたら早く日が沈むことだ。
 昼食休みのわずか三時間後には、太陽が低い丘の向こうに姿を隠した。 沈み切る前に、後方からまた馬が走ってきて、二つ並んでいる丘の狭間に野営すると告げた。


 背後に急斜面があって風除けになるとはいえ、吹きさらしの戸外だ。 夜中に雨が降る可能性もある。 歩兵たちは荷馬車に積んだ藁を降ろし、急ごしらえの小さな屋根を各所に作り始めた。
 やがて後方部隊が追いついてきて、本格的なテントが設営された。 円錐形のてっぺんに持ち主の軍旗が取り付けられ、内部に敷物が置かれて用意が整うと、騎士や貴族たちが腹心を従えて、悠然と入っていく。 中には軍馬のために別のテントを張る輩〔やから〕までいて、藁束を充分に取れなかった下っ端兵が小声でぼやいた。
「人間さまよりずっと大切にされてるぜ。 馬は寒さに強いのに」
 あきらめずに地面に落ちた藁を拾い集めていた仲間が、笑いながら囁き返した。
「当たり前だ。 大金かけてアラビア商人から買った馬だぞ。 俺たちなんてあのお馬さまに比べれば土くれみたいなもんだ」


 ともかく、雨雪が降らなければ、藁の中で雑魚寝〔ざこね〕するのもそう悪くはなかった。
 若くて強いイアン達は、何度も藁運びをして、しっかりと仮屋を作った。 それから、トムとイアンがコイン投げをした。 どちらが藁小屋番で残り、どちらが料理を取りに行くか、決めるためだ。
 負けたのは、珍しくイアンだった。 トムは満面の笑顔で、斜めの屋根の下に脚を伸ばして座りこんだ。
「ご苦労さん、さあ行ってこい」

 イアンはしかめっ面を作ると、下働きのジョニーに顎をしゃくってみせ、先に歩き出した。 ジョニーは急いで後をついていったが、じきに遅れてしまった。
 昼に強奪した食料の残りを、カレーで買い付けた山羊から採ったミルクで煮たものが、大きな杓子〔しゃくし〕で配られていた。
 山のように用意しても、兵士の胃袋は果てしなく大きい。 それをよく知っているイアンは、間に合わなくなる前に、ジョニーを置いてきぼりにして、さっさと列に並び、シチューが熱々のうちに、木の器二つ分をうまく手に入れた。
 引き返していくと、小さな姿とすれ違った。 ジョニーはうつむき加減で、努力して足を運んでいた。
 横を通るとき、イアンは声を落として注意した。
「あとほんの少ししか残っていなかったぞ。 これを分けてやるから、もう戻れ」
「それではあなた達がお腹一杯食べられない」
 ジョニーは歩みを止めずに言い残した。 そして、近い食事係の前にできた列の最後尾に、無言で並んだ。
 そのおとなしい姿が、食事係の心に触れた。 六フィートを越す巨漢の彼だが、根はやさしく、しかも故郷に十一歳になる息子を残してきていた。


 イアンが懸念したとおり、ジョニーのちょうど前で、シチューは底をついた。 他にも鍋がいくつかあって、人が群がっていたが、相当離れていて、そこへ行くまでに全部なくなってしまいそうだった。
「そら見ろ」
 藁テントの前で既に食事を始めていたイアンは、そう口の中で呟いて、三分の一ほど残して匙を置いた。
 トムも、ゆっくり食べていた。 さりげなく残すつもりらしい。
 そのとき、思いがけないものが目に映った。 下を向いて戻りかけたジョニーの前に食事係が一瞬立ちふさがったのだ。
 その動作がやぶからぼうだったため、イアンとトムは反射的に身を起こしかけた。 子供をいじめてうさ晴らしする男が、たまにいるからだ。
 だが、広い背中が動いて再びジョニーが見えるようになったとき、彼女の顔は輝いていた。 あのゆらぐような魅力的な微笑で。
 食事係は、ごつい掌でジョニーの頭を帽子の上からポンと叩き、焚き火の前に戻っていった。
 そして、前よりずっと軽い足取りで帰ってきたジョニーの手には、ライ麦パンとハムの切れッ端が大事そうに握られていた。















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