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道しるべ  66 軍隊の出発



 食事が終わると、いよいよ行軍の準備が始まった。
 フランスの地は、イングランド領とフランス領の土地がまだらに入り混じっている。 しかもまだ交戦中だから、小さな戦いがあるたびに、領地の支配者も変わったりする。 だから、軍隊の通り道を決めるには、最新の情報と細心の注意が必要だった。


 目的が戦争でも、旅の出発はどこか胸が高鳴る。 町の門を後にしても、しばらくは英国領土が続くため、隊列は旗をひるがえし、軍馬と騎士の鎧に朝日をきらめかせて、堂々と出立した。
 しかし、町を囲む石の壁が視野から消えたころ、旗は巻き降ろされ、軍楽隊は楽器をしまいこんだ。 これまで戦い下手と思われていたフランスだが、ド・ゲクランという司令官を立ててからは、趣が変わってきていたからだ。
 ド・ゲクランは、今でいうゲリラ戦の名手だった。 騎士の時代にはそぐわないものの、奇襲やおとり作戦が巧みで、相手の弱い部分につけこむのがうまい。
 もともとは勇猛果敢な騎士だったという。 負け戦でも最後まで歯を食いしばって戦う男だ。 きっと誇り高い性格なのだと思われるが、最近は小さく狙って確実に落としている。 その細かい戦術ぶりに、『落穂拾い』といういささか不名誉な仇名がつけられても、気にする様子はなかった。
 まともに軍隊を進めていては、恥も外聞もないゲクラン司令官の罠にはまるかもしれない。 だからイングランド側も用意はしていた。 主力をカレーに集めると見せかけて、別の大船団を北西部のブルターニュに向かわせていた。


 町の郊外へ進んでいくにつれて、畑や牧草地の荒れが目につくようになった。 冬の初めだから、青々した作物がないのは当然だが、イングランドなら至るところで目に入る麦の切り株が、異様に少ない。 人影もまばらで、たまに見かける粗末な服装の通行人は、列を作って歩く男たちに気付いたとたん、野鼠のように素早く姿を消した。
 よく磨いた長弓を背中に負って、確かな足取りで歩きながらも、トムは鋭い視線で周囲を見渡し、用心を怠らなかった。
「いいか、ジョニー。 待ち伏せされたら、すぐ騎士隊の後ろに走っていけ。 俺たち長弓隊は、攻めるのは強いが守りはてんで駄目なんだ。 武器になるのはこの弓だけだからな」
 ジョニーは懸命に歩き、時には小走りになって、トムに何とか置いていかれないですんでいた。
「イアン達のところ?」
「まあそうだが、あいつはまだ本物の騎士じゃなくて見習だから、おまえの面倒までは見られないかもしれない。 軍馬に踏まれないように、ひたすら逃げろ」
「軍馬は踏むんだね」
 少年ぽい口調が、まだ板についていない。 トムは微笑しかけて、口元を引き締めた。
「そうだ。 敵兵を踏んだり蹴ったりするよう訓練されているからな」

 










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