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道しるべ  64 髪を切って



 その言葉を聞くと、トムはもうためらわずに、懐からナイフを取り出した。
 ジョニーもすぐに帽子を脱いだ。 すると、淡い栗色の髪が波のように流れ出して、粗い布地でできた上着の背に渦巻いた。
 その髪を左手にまとめ、トムは思い切ってザクッと切り落とした。
「きれいな髪だ。 もったいないが」
「また伸びるわ」
 渡された毛束を一瞬じっと見つめた後、ジョニーはトムのナイフを借りて、生垣の根元の柔らかい土を掘り、ていねいに埋めた。


 生垣から忍び出たとき、歩哨たちの焚き火さえすっかり下火になって、弱々しく地面を這っていた。 もう時刻は十時近い。 明日の夜明けに出発なので、早く寝なければならなかった。
 さっきより暗くなった庭を、二人は手をつないでこっそり通り抜け、宿舎に向かった。
 表の扉はもう閉まっていた。 トムの力ならこじ開けられるが、二人は目立たないように裏の小さな木戸に回って、厩舎内にすべりこんだ。
 中の松明は、すでに全部消されていた。 寒さ避けに窓の板がはめこまれたため、月の光さえ入らず、中は漆黒の闇だ。
 トムは膝を曲げ、長い腕で周囲を探りながら進んだ。 寝ている兵士をうっかり踏んだりしないようにだ。 ジョニーは息を殺し、トムの後ろにぴったりくっついていった。
 もう長い厩舎を端から端まで這いずったのではないかと思われた頃、いきなり横合いから手が伸びて、トムの服を掴んだ。 そして、イアンの怒ったような声が囁いた。
「遅いぞ!」
 トムが不意に止まったため、ジョニーはバランスを崩してつまずいた。 体が斜めに傾いて、上半身を起こしていたイアンの肩にのしかかる形になった。
 イアンは狼狽した。
「おい、何やってるんだ」
 ジョニーは慌てて姿勢を立て直そうとしたが、今度はトムの足に引っかかって、イアンの膝の上に崩れ落ちた。
 焦ったイアンは、遂に立ち上がってしまった。
「バカ! おとなしく寝ないと、殴るぞ!」
「はい」
 蚊の鳴くような声で答えて、ジョニーは近くにあった藁を掻き集め、団子虫のように丸まった。


 トムも、イアンの脇に敷いた外套を探り当てると、横になってすぐ寝息を立て始めた。
 イアンだけが、寝入ったとたんに起こされたため、目が冴えてしまった。 しかたなく考え事を始めたが、肩に当たったふっくらした感触が生々しく残っていて、妄想が邪魔して集中できなかった。
──こいつ、子供みたいな顔をしてるわりには、胸が大きいな──
 やめろ! と自分を叱りつけ、イアンはぎゅっと目を閉じた。 うっかりその気になったりしたら、トムに半殺しにされるのは間違いない。
 街に出れば、男好きのする女はいくらでもいる。 こんな頼りないチビのために、親友と仲たがいするのは願い下げだった。










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