表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  62 宿舎初登場



 トムは、差し出された金貨をちらっと眺めて、すぐ前方に視線を戻した。
「どこだったかな。 忘れた。 持っとけ。 俺は使わない」
「じゃ遠慮なく。 おまえ、本物の坊主よりずっと欲がないな。 ときどき心配になるよ。 着てる服まで人にやっちゃうんじゃないか?」
「今はやらない。 寒いから」
 下のほうで、小さく笑う音がした。 イアンがジョニーを見ると、彼女が初めて笑顔になっているのがわかった。 ゆらゆらする焚き火に照らされて、その笑い顔は妖精のようにはかなく、透き通って見えた。
 イアンは反射的に目をそらした。 見てはいけないものを目にしたような、かすかな懸念が心をよぎった。




 宿舎に指定されている厩舎に近づくと、ジョニーがまた緊張しだしたのがわかった。
 トムはなんとなくボーッとしていて、珍しく周りに気を配っていなかった。 それで、早く気づいたイアンが、軽い口調で声をかけた。
「びくつくんじゃないよ。 おどおどしてると余計からかわれるぞ」
「わかってる。 でも、男の子っぽくふるまうのは難しいわ。 さっきの門番の前でも、胸がどきどきしてつまずきそうになったの」
「へえ。 あのキンキン声はなかなかのもんだったよ。 芝居小屋にでもいたのか?」
 今度はジョニーが視線をそらす番だった。
「夏の劇にちょっと出たことはある」
「そうかい。 人は見かけによらないな。 これからもあの調子で、男の子になりすますんだぞ」
 ジョニーは憂鬱そうにうなだれたが、しかたなくうなずいた。


 広い小屋には、まだ半分ぐらいの兵士しか戻っていなかった。 それでも、背が高くてひときわ目立つイアンとトムが、出るときにはいなかった子供を連れているのを、数人が興味深そうに観察した。
 やがて、近くに場所を取ったフェンという男が声をかけた。
「あんた達、若いのに下働きが要るのか?」
「浮世の義理ってやつだよ。 頼まれたんだ」
 トムより先に、イアンが明るく答えた。 それを聞いて、フェンは感心しないというように頭を振った。
「軍隊にガキを押し付けるとは、何て親だ」
「海賊に売られるよりゃあ増しだぜ」
 フェンの隣に寝床を作っている男が、横から口を出した。 とたんにジョニーが、二人の若者の間でかすかに身震いした。
 男はなおも訊いた。
「そのチビ、英語が通じるのか?」
「話せるよ!」
 ジョニーが懸命に、気張った声を出した。
 男はニヤッと笑い、毛むくじゃらの腕を上げてみせた。
「にいちゃん達の足手まといになるなよ、小僧」














表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送