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道しるべ  59 居酒屋にて



 店をやっているのは、奥でもうもうと料理の煙を立てている油じみたオヤジと、大忙しで料理の皿を配っている痩せた鳥のようなおかみ、そして酒当番の派手な顔をした娘だった。 彼女は店の持ち主夫婦のどちらにも似ていなかった。
 娘はジョニーと同じぐらいの年頃で、肉感的な体つきをしていたため、酒のコップを運んでくるたびに客に誘いをかけられ、あちこち触られたり、ときには膝に引き込まれたりした。
 彼女はそんなことには慣れているらしく、陽気に笑って一緒に冗談を言いながら、うまく逃れた。
 たまに酔いすぎていつまでもしつこくしていると、奥から肉叩きの棒を手にしたオヤジが現われて、頭に一発くらわす。 床に伸びた不届き者は、仲間が引きずって連れ帰るか、そのまま放っておかれた。


 荒々しい喧騒の中、ジョニーは隅の席に沈んで、じっとしていた。 イアンが注文した焼肉料理とネギのスープも、ただじっと見ただけで手をつけなかった。
「食えよ、やせっぽっち」
 イアンは遠慮なくせき立てた。
「軽々と持ち上がるじゃないか。 あれじゃ駄目だ。 たっぷり食って、俺たちについてこられるほど体力をつけろ」
「悲しんでるんだから」
 トムが横で耳打ちしたが、イアンは聞かなかった。
「腹が一杯になれば、体が温まって元気が出る。 食い物のありがたさはよく知ってるはずだろう?」
 最後の言葉で、ジョニーは伏せていた目を上げた。 子供っぽい顔の中で唯一おとなびて、不思議な憂いをたたえた瞳だった。
「あなたは兄に似てるわ」
 トムが吹き出しそうになって横を向き、イアンはムッとした。 あのオカマ兄貴に、この俺が似てるって?
「いつも私に言ってた。 もっと食べろ、もっと元気になれって」
「じゃ、なぜそうしない!」
 すると、ジョニーは答えた。
「食前のお祈りをしてたの」


 イアンは、思わず娘の肩を掴んで揺すぶりたくなった。
「祈るな! いや、祈ってもいいが場所を考えろ! 早く食って出ないと、外で待ちぼうけしてる連中がドカドカ乗り込んでくるぞ!」
 トムのほうは、わずかに目を細めて何事か考えているようだった。


 怒られた後は、ジョニーもせっせと料理を平らげた。 急ぐといっても、男二人に比べれば鳩が餌をついばむぐらいの量しか口に入らなかったが。
 そうしている間も太陽はどんどん沈み、夕焼けの名残も姿を消した。 ようやくジョニーが皿をきれいにさらえたので、イアン達はテーブルに銀貨を置き、さっさと席を立った。


 さきほどより更に混雑した出入り口を何とか通り抜けて道に出ると、外はもう真っ暗になっていた。 真打ちの追いはぎやスリが活躍するときだ。 イアンとトムはまたジョニーを中に挟み、人通りの少なくなった夜の街に歩み出した。













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