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表紙

道しるべ  58 男の世界へ



 ジュヌヴィエーヴ改めジョニーは、唇を噛みしめるようにして下を向いた。 あまり新しい名前を気に入っていないのは確かだが、文句を言うほど世間知らずでもなかった。


 ジョニーが松の木陰に置いていた小さな荷物を持ってくると、それで出発の準備は終わった。 男二人は、さっさと裏門を開けて出ていこうとした。
 だが、娘はついてこなかった。 十歩ほど進んだところでトムが気づき、慌てて門に引き返した。
 見ると、ジョニーは盛り上がった土の前にひざまずいていた。 そして一心に祈り、涙を拭いていた。
 やっぱり離れるのが辛くてたまらないんだな──トムは胸を打たれたが、そう長くここに留まっているわけにはいかない。 傍まで行って、低く声をかけた。
「兄さんは飢えも争いもない国へ行った。 俺は前に僧侶見習いをしていたから、安らかに天へ行けるよう祈りも捧げた。
 心残りなのはわかる。 だが、君はがんばって生きないと、ここまで守ってくれた兄さんに申し訳ないぞ」
 ジョニーは涙を払い落として、まっすぐ立ち上がった。
「少し気持ちが落ち着いたわ。 今行きます」


 お屋敷町の裏通りは閑散としていたものの、少し広い道に出ると、たちまち三人は、手押し車、荷車に馬や馬車まで行き交う通行人の渦に巻き込まれた。
 むしろこうやって大勢いるほうが好都合だった。 皆それぞれの用事を抱えて急いでいるので、ちょっと歩き方のとろい小僧が屈強な若者に挟まれてトボトボ歩いていても、誰も気にしない。 イアンは、はぐれないようにジョニーの肩を軽く後ろから押さえ、もう片手で人ごみを掻き分けながら、どんどん進んだ。
 確か、坂道の下に居酒屋があったはずだ。 酒屋は食べ物屋も兼ねていて、寒風吹きすさぶ中、暖かい食事が手に入る場所だった。
 もう太陽は低く下がり、建物の陰に隠れていた。 暗くなっていく街に、たいまつがどんどん増えていく。 ジョニーの足が疲れてきた様子なので、トムとイアンは脇の下に手を入れて、半分持ち上げたまま道を急いだ。


 角の店は窪地にあって、道路より低くなっていた。 店の灯りを横から受けて、頭巾を被った小鳥の看板が風に揺れていた。
 まだ夕暮れだが、店は暇な兵士であふれている。 三人で一番背の高いトムが爪先立って、店の奥から食べ終わった客が出てくるのを見つけた。
 それ行け、と三人は力を合わせて突進した。 ジョニーも頭を低く下げて、横の二人に体勢を合わせた。 そのせいで脱げそうになった大きすぎる帽子を、イアンがグッと押さえつけて元に戻した。













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