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道しるべ  55 思わぬ展開



「無理じゃないさ」
 トムは平然と答えた。
「軍隊は沢山の女を連れて歩いている」
「この子は駄目だ」
 イアンは断言した。
「商売女じゃない。 物売りでもないし、自分の身を守ることもできない」
「俺が守る」
「できっこないって。 戦っている間はどうする?」
「手はあるじゃないか」
 屈めた腰を起こしながら、トムは静かに言った。
「男の子に変装させるんだよ」
 あきれて、イアンは両腕を大きく広げた。
「こんなふにゃふにゃの女の子を、どうやって男に見せられるんだ!」


 イアンは鼻から息を吐くと、寝たままの娘をやや乱暴に揺すった。
「おい、ここは誰の屋敷だ?」
 娘はうっすらと目を開き、漂うような声で答えた。
「ギヨーム・ダランヴィーユ卿のお宅よ」
 イアンは首をもたげて、周囲を眺めた。 広い敷地は不気味なほど静まり返っている。 馬の繋ぎ場も空っぽで、飼い葉桶には埃がたまっていた。
「卿はどこに? 全然人が出てこないな」
「ダランヴィーユ殿のご一家は田舎の城へ戻ったの。 あちこちで戦いが起きているから、領地を守るために」
「留守番は?」
「前はいたわ。 でも酔って街で喧嘩して、二人とも殺された」
「それで君達が入り込んだのか」
 だるそうに、娘はうなずいた。
「夜になると、入り口やあちこちに火を灯したの。 まだ番兵が残ってるように見せかけるために」
「なかなか頭が回るな」
 確かにバカではなさそうだ。 ぼうっとして見えるが、話は筋が通っている。
 会話しているうち、次第に情が移った。 ここに捨てていけるだろうか、迷いが出た。
 イアンをよく知っているトムは、彼のわずかな変化を素早く見抜いた。 それで、機を逃さず彼の袖を引っ張った。
「何て言ってる? 他に身寄りはいないんだろう?」
「待てよ。 まだ訊いてない」
 二人がごちゃごちゃやっていると、娘がそろりと起き上がって、交互に若者たちを眺めた。
 そして、英語で言った。
「本当に連れていってくれる? 男の子に変装したら?」













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