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道しるべ
53 ボロを着て
トムのとっさの判断は正しかった。 道中、粉袋を担いだ男と二人連れの女に行き会ったが、どちらも陽気に話すふりをしているトムとイアンにはろくに目をくれず、中に挟まれているジャン・ミシェルの死体もほとんど見ずに、無関心な表情で通り過ぎた。 寝巻き姿のまま酔いつぶれた英国兵と考えたらしい。
だんだん持ち重みのしてくる死体を抱えた二人は、冬がすぐそこだというのにうっすら汗をかいて、裏町を通り過ぎた。
トムは、通りの上に小さく見える空のほうを眺めていたが、やがて頷き、イアンに目をやった。
「もうすぐだ。 あの細い塔が目印だと言ってた」
イアンはちょっと意外な気がした。
「でも、あっちは貧民街じゃないぞ。 むしろ金持ちの家が並んでる区域だ」
「赤い門の裏口らしい」
「ほんとなのか? 死にかけで、いいかげんな事言ったんじゃないのか?」
言い交わしているうちに、二人プラス死体は目の高さほどの塀が続いている区画に近づき、やがて濃い赤のべんがらを塗った門が確かに見えてきた。
その裏口は、簡単に開いた。 二人はジャン・ミシェルを担ぎ直すと、素早く門から引き込んで、人に見られないうちに中へ入った。
落ち葉の散った裏庭には、馬の繋ぎ場と飼い葉桶が門の傍にあり、その向こうに長方形の建物があって、井戸が見えた。
人の姿は見えなかったが、イアン達が重い死体をやっと降ろして、繋ぎ場の柱にもたれかからせたとたん、小さな足音が耳に届いた。
振り返る間もなく、何かがイアンの脇を風のように通り過ぎた。 その風は、ぐったりしたジャン・ミシェルの前にひざまずき、血がしみてきて小さな赤いシミを作った白い衣服の前を、せわしなく開いた。
「ジャン! ジャン・ミシェル!」
それは、少女の声だった。 柔らかく、頼りなく、どこか甘い響きを持った、幼さの残る声だった。
しかし、見た目は布の塊のようにしか思えなかった。 ねずみ色の大きな布を深く頭から被って上半身にたっぷり巻きつけていて、灰色のスカートが裾からほんの少し覗くだけだ。 ごわごわした布のせいで、膝を折った姿を上から見ると、小さい砂岩が落ちているように見えた。
彼女はジャン・ミシェルに顔を寄せ、心臓の鼓動を確かめた。
しばらくそのままじっとしていて、完全に停止しているのを悟ると、ゆっくり手を伸ばし、うなだれた男の顔を持ち上げて見つめた。
ボロぎれを巻きつけた手が、冷え切ったジャン・ミシェルの頬を優しく撫でた。
「かわいそうに。 かわいそうなジャン。 こんなことになるんじゃないかと、いつも恐れていたわ……」
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