表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  49 危うい所で



 追いはぎだ。
 こそこそしゃべっている言葉を聞くと、相棒もいるらしい。
 ここは黙って通り過ぎるのが得策だろう。だが、イアンは嫌な予感を振り切れなかった。 襲われるのは一人で歩いている人間だ。 まさかとは思うが、もし万一トムだったら……。
 剣の柄に手をかけて、イアンは狭い道を進んだ。 すると、薄暗い軒下に二人の男が屈み込んで、小さな塊を作っているのが見えてきた。
 二人はボロを肩からぶらさげ、素手でうつ伏せに倒れた男に触れていた。 武器は持っていない。
 イアンは素早く長剣を抜き、大げさに頭の上で振り回しながら怒鳴った。
「失せろ、悪党め! さもないと叩っ切るぞ!」
 言い終わるより早く、ボロ切れ男たちはゴキブリのように逃げ去った。


 イアンは、ほとんど裸に剥かれた被害者に近づき、膝をついて彼をあお向けにした。
 すると、乱れた長い髪の合間から、ほこりと泥で筋のついた立派な顔が現れた。
 イアンはどきっとなった。 一応助けただけで、本当に襲われたのがトムだとは信じていなかったのだ。
「おいっ! どうした?」
 追いはぎより乱暴に揺すぶられて、トムは小さく呻きながら薄目を開いた。
「うーん」
「おまえ……まさか腕っぷしの強いおまえが、あんな痩せこけた乞食たちに倒されたのか?」
 乞食? と呟くと、トムは大儀そうに上半身をもたげて、汚い道端に座りこんだ。
 そのとたん、大きなくしゃみが出た。 当然だ。 ほとんど何も着ていないのだから。
 イアンは長い上衣を脱いで、親友にバサッと被せた。 トムはもう一度くしゃみしてから、だるそうに袖を通した。
「乞食は知らない。 俺が見たのは、というより助けようとしたのは、若い女だ。 真っ白で……どこもかしこも真っ白だった」
「雪の魔女か」
 面白くもなさそうに呟いて、イアンはトムを引き起こした。 トムはつられて、壁に沿ってずるずると立ち上がりながらも、まだ首をかしげていた。
「細くて弱々しかったんだ。 今にも倒れそうで、助けてやらなきゃと思った」
「それが罠だったわけだな」
 ようやくイアンにも事情が呑み込めてきた。
「まず美人を出して男の注意を引く。 注意力がおろそかになった隙をついて、たぶん後ろから殴った。 そうだろう?」
 トムは目をこすり、小さく溜息をついた。
「そうらしい」
「初歩的な手口だぞ、それは」
 容赦なくイアンは言った。
「その魔女と相方に、金目の物を取られ、放り出された。 おまけに乞食に襲われて服まで取られた。 おまえ、あやうく凍死するところだったんだぞ」
 トムは痛む頭を押さえ、顔をしかめた。
「まだガンガンする」
「肩を貸してやるよ。 歩けるか?」
 素直にイアンに寄りかかると、トムは低い声で訊いた。
「わざわざ探しに来てくれたのか?」
「一人で食う食事はまずいからな」
 笑い混じりに答えた後、イアンは表情を引き締めた。
「それにしても、そのクソ女は許せない。 明日、時間があったらそいつを突き止めて、ぶっ飛ばしてやる」













表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送