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道しるべ  48 小路の奥で



 イアンが疲れきって声を嗄らし、腹をすかせて男爵邸に戻ってきたとき、すでに午後の三時を回っていた。
 酒に弱いヒューは、豚のもつ煮と蕪のスープで腹ごしらえをした後、早めに馬屋へ戻ってきてくつろいでいた。
 イアンは薄暗い小屋の中に目をこらし、トムの大きな姿がヒューの横にないのを確かめた。
「なんだ? トムは他の連中と出かけたのか?」
「いや」
 藁に座り込んで荷物の束に寄りかかったヒューは、眠そうな目を上げた。
「初めは一緒に出たんだ。 でも途中で、ヤツは教会を見つけて、俺と別れてそっちへ曲がっていった」
「教会か……」
 いかにもトムらしい。 だが、もう夕暮れが近づいているのが気になった。
「それは何時ごろだ?」
「さあな」
 ヒューは瞼を閉じて、顎を掻いた。
「ともかく、だいぶ前だよ」


 イアンは、腰の剣と懐の短剣、それに金袋を確かめてから宿舎を出た。 信心深いトムのことだから、まだ教会で祈っているかもしれない。 いたら落ち合って食事に行くつもりだった。 一人で食べてもつまらない。
 街路に出ると、教会の鐘楼は石造りの建物群の上に抜きんでていて、すぐわかった。 空はすでに茜色の夕焼けに変わり、カラスが数羽、もつれるように食べ物カスを求めて舞い降りていった。
 裏通りの庇の陰に、たむろしている男たちが何組もいる。 その塊ごとに服装が違うので、各地から来た兵士たちだとわかった。
 彼らの軍は、イアンの所属するワイツヴィル伯爵軍ほど運がよくなく、カレーの権力者たちに知り合いがいないのだ。 だから雨露がしのげればと、屋根のある街路に居座っているらしい。
 戦いの前で興奮しているし、酒も入っている。 そんな彼らを刺激しないよう、イアンはできるだけ静かに、入り組んだ小路を通りぬけて行った。
 やがて彼は、聖イグナシオ教会の磨り減った階段前に到着した。 重い扉を通って中に入ったが、礼拝堂には喪服の女性とお付きの二人が蝋燭を奉納して祈っているだけで、他に人影は見当たらなかった。
 トムとはすれ違いになったか、それともとっくに他へ立ち去ったのか。 がっかりしたイアンは、口を尖らせて外に出た。 冷たい西風が吹き付けてきたので、よけい機嫌が悪くなった。


 そのせいで、イアンは道を間違えた。 来たときとは明らかに違う街並みに気づいて、深入りしないうちに引き返そうとしたとき、少し離れたところから男のダミ声が聞こえた。
「そっちも脱がせろ。 生地は安物だが、デカイからたっぷりしてる。 古着屋に売れば、けっこう金になるぞ」














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