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道しるべ  45 港での作業



 港といっても、海はだいぶ先のほうで川を右に回ったところにあって、まだ海面はほとんど視界に入ってこなかった。
 それでもたいていの兵士たちは、初めて嗅ぐ遠い潮の香りに興奮し、もうじき目の当たりにする異国の地を具体的に感じるようになった。
 海を知っている一部の騎士たちも、広い川にゆったりと浮かんでいる茶色の船を見るとすぐ、前の渡航や戦いを思い出して、てんでに話し合った。


 イアンはクリントについて、出航前の最後の手続きを手伝っていた。
 イアンがこんなに重用〔ちょうよう〕されるのは、気が利いて手早いというだけでなく、英語(=古英語)とオイル語(=フランス北部の古語)で読み書きができるという特技によるものだった。
 母のウィニフレッドは、英国の郷士とフランスのアミアン近郊の小貴族の娘の間に生まれた娘で、当時としては非常に高い教育を受けた両親に教わったことを、一人息子のイアンにことごとくそそぎ込んだ。
 そして、幼いときから彼に言ってきかせた。
「確かに、不運が続いて私はサイモン殿と正式に結婚できなかった。 でもおまえはれっきとした殿の長男で、ウィリアム・ベントリーとアリーヌ・ド・シャデの孫よ。
 私は生活力がなくてお前を世の中に出してやることができないけど、財産以外の力はできる限りつけてあげます。 だってサイモン殿は私に約束したから。 あなたを立派な騎士にして、ゆくゆくは領地を分けると」


 お人よしの母。
 イアンは十歳になる前にもう、ウィニフレッドの言い分が泡のようにはかないのを悟っていた。 サイモン・カーにそんな根性があるものか。 好きな女を引き止めておくために、口先だけで丸めこんだ言葉にすぎないんだ。
 確かにクリントのおかげで、一人前の騎士にはなれるかもしれない。 だが土地は手に入りっこない。 よほどの手柄を立てて、国王の目に止まるか何かしなければ無理だ。


 クリントは、符牒のように数字やローマ数字の並んだ羊皮紙の内容をイアンに確かめさせた後、大きく活発な字でサインした。
 商会の番頭はその書類を受け取り、手を振って部下の一人に合図した。 その大柄な青年は、クリントたちを船着場に連れていき、雇った船団がどこからどこまでかを教えた。
 それからまた大変な作業が待っていた。 各船の乗員可能人数を調べ、騎士や兵士たちを所属ごとに割り当てて乗せるという、厄介な仕事が。













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