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道しるべ  44 海への旅路



 ゴードン・カーが司令官として率いる軍勢は、ハンギング・ジョンの辻で隣のグランフォートの兵たちと合流し、七百人近い大きな軍となって海を目指した。


 これぐらいの数になると、とうてい普通の宿屋には泊まれない。 上の方だけは部屋を取ってベッドで眠れても、あと大部分は近くの平地でごろ寝ということになった。
 初日の行軍は、霧の後小雨に見舞われた。 雨は降ったり止んだりで、夕方には一時的に太陽が姿を見せたが、地面が乾くほどではなく、大きな焚き火をあちこちにたいて周囲に陣取っても、下からしんしんと寒さが沁みわたってきた。
 イアンは冬用のマントにくるまって、トムの横に場所を取った。 習慣で、もと同室のヒューも傍に来て、三人で暖を取る形になった。
「初日からこの天気か。 幸先悪いな」
「ジャック・ボスウェルが見張りを立てたそうだ。 下の連中が早々と逃げ出さないように」
 耳の早いヒューが二人に最新情報を教えた。
 トムは近くの火に枝を差し入れて空気の通り道を作り、再び勢いよく燃え上がった炎をじっと見つめた。
「みぞれにならなかっただけ、まだ楽だよ」
 そうイアンが言うと、ヒューは分厚い上着を前で掻き合わせて、ぶるっと頭を振った。
「フランスのほうが少しは暖かいかな」
「こっちよりは南だからな」
「せめてあのテントに入れたらなあ」
 ぐちっぽく、ヒューは野原の半ばに幾つか立っている円筒形のテントを指差した。 それは上級の騎士用で、それぞれ自分の紋章つきの旗を屋根のてっぺんに立てていた。
「ここだとまだ宿があるから必要ないんだぜ。 あれは練習用にやってて、傍仕えがちゃっかり寝泊りしてるんだ」
「女を連れ込むにはいいかも」
 それまで無言だったトムがもう数本薪をくべ、低音で言った。
「そろそろ寝よう。 明日も出発が早いんだろう?」
「そうだ。 船を借りるのに日銭がかかるから、できるだけ早く港に着きたいんだと」
 近くでは、寒さをまぎらすためにまた酒盛りが始まっていた。 ヒューもトム同様に酒嫌いなので、三人はおとなしく背中を寄せ合って、間もなく寝息を立て始めた。


 ハンバー川の河口深くにあるキングストン・アポン・ハルまでには、七十五マイル(≒百二十二キロ)ほどあった。
 その距離を、隊列は三日半で踏破した。
 そして、初冬の午後の弱い光の中に、やがて様々な形や大きさの船がひしめく港が見えてきた。














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