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表紙

道しるべ  41 未来の妻は



 翌朝はまだ暗いうちに出発する。 少なくとも予定はそうなっているし、酔いつぶれて起きられなくても、容赦なく引きずっていかれるはずだ。
 男たちはとっくに恋人や妻たちと別れをすませているので、テーブルや粗末なベンチに折り重なるようにして、いぎたなく眠り出した。
 もちろん、ちゃんと宿舎に戻る者もいる。 イアンとトムも、宴半ばで自分たちの部屋に引き上げた。 トムはほとんど酒を飲まないし、イアンはいくらでも飲めるが、強すぎて酔う前に飽きてしまうのだ。


 二人の入っている部屋は、寝台が四隅にあり、今はヒュー・タイラーと三人で使っていた。
 ひとつ余ったベッドには、手荷物が山になっている。 トムは、乱雑に積まれたその包みや袋から自分のものを引っ張り出して、もう一度点検しはじめた。
 イアンは寝台に引っくり返り、腕枕をして天井を見上げた。
「たいしたベッドじゃないが、これから野営が続くと思うと離れ難いな」
「俺は食糧が続くか心配だよ。 もっと北のほうでは麦の茎まで食べているそうだ」
「イングランドではともかく、カレーから出ればそこは敵地だ。 容赦なく食い物でも持ち物でも徴発するだろう」
「そして暮らしを壊していくわけだな」
 やりきれない様子で、トムは大きく息をついた。
 イアンはトムよりは冷めていた。
「向こうだってこっちを狙っているんだ。 お互い様さ」
 パッと体を裏返してうつ伏せになると、イアンは今度は頬杖をついた。
「どう思う? ゴーディーは戦地まで婚約者を連れていくかな?」
 トムはカップの横に縁の折れた聖書を並べた。
「妻ならともかく、婚約したばかりだから置いていくだろう」
「それは嬉しいな」
 イアンは遠慮なく喜んだ。
「あのお嬢さんは苦手だ。 人の生活にドカドカ踏み込んでくる」
「おまえを気に入ってるんだよ」
 シャツを下に落として拾っていたため、トムの声がくぐもった。 イアンはつまらなそうに、額に下がってきた前髪を息で吹き飛ばした。
「俺は好みじゃない。 いくら美人でも。 悪い人間じゃないのはわかってるが」
「そう思うのか?」
 トムが意外そうに顔を上げた。 イアンは上の空でうなずいた。
「ああ。 お供を怖がらせちゃいるが、嫌われてない。 むしろ好かれてる。 不思議だ」
「じゃ、おまえはどんな女性が好みなんだ?」
 珍しくトムが浮いた話に乗ってきたので、イアンは活気付いた。
「そうだな、誠実な女がいい」
 そこで言葉が切れた。 トムは続きを待っていたが、イアンが黙ったままなので自分から促した。
「それで?」
「それだけさ」
 イアンは爽やかな笑顔になった。
「見かけはたぶん、逢ってみなくちゃわからない」
「おまえ……」
 トムは一瞬絶句した。
「そんな夢見がちな男だったのか? 運命の相手は一目でわかるというような?」
「ちがう」
 イアンの声に、乾いたものが加わった。
「俺は傍にいて我慢できる女を捜してるんだ。 気が合えば、顔がどうのこうのって贅沢は言わない」













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