表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  38 庭の内緒話



 ところが、小姓のハルが十分後に大急ぎでゴードンを案内してきたときには、中庭にモードの姿は無かった。
 ゴードンは腰に手を当て、ぐるりと周囲を見渡した。
 辺りは活気に満ちていた。 次々と運び出されてくる騎士たちの鎧櫃〔よろいびつ〕には、取り違えないよう持ち主の紋が描かれていて、従者が忠犬のように見張っている。
 また、一般の兵士たちは、支給された鎖帷子〔くさりかたびら〕、槍や戦斧〔せんぷ〕、愛用の長弓などをまとめ、荷造りに余念がなかった。
 庭の外れでは、馬屋番たちが軍馬の蹄鉄を調べ、無事戻ってくることを願いながら、毛並みに艶を出すためにブラシをかけていた。


「モードはどうした? ここで待っているんじゃなかったのか?」
 小姓のハルは冷や汗をかいた。
「はい、あの、確かにいらっしゃいましたが」
「気まぐれ女め」
 さして怒っている風でもなく、ゴードンは苦笑交じりに呟いた。
 そこへ、一頭の馬が急いで駆け戻ってくるのが見えた。 濃赤のマントが大波のようにひるがえって、まるで勝利の旗のようだ。
 ゴードンは、息を切らせて近づいてきたモードに、軽くうなずいてみせた。
「久しぶりだね、モード。 いつこちらへ帰ってきたんだ?」
 二人の馬がぶつかりそうになった。 ゴードンの愛馬ボービジューが驚いていななき、大きな歯をむいてモードの肘を噛もうとした。
 モードは声を出して笑うと、身をよじって巧みによけ、ボービジューの鼻面をポンと叩いた。
「おやめ、このならず者。 こんにちは、ゴーディ、元気そうね。 私は昨日帰ってきたばかりよ」
「僕の初陣にぎりぎり間に合ったわけだな」
「その通りよ、わざわざ挨拶に来たの。 喜んでちょうだい」
 そう言いながらモードが気取って腕を差し伸べると、ゴードンはキッドの手袋をはめた手に、わざとうやうやしく唇を当てた。
「光栄です、姫様」
「よろしい」
 モードは手を裏返してゴードンの手を取り、効果万点の笑顔を浮かべて握りしめた。
「それでね、お話があるの。 ここじゃ賑やかすぎるから、どこか静かなところに行かない?」
 ゴードンは即座にうなずいた。
「いいとも。 姫君のおおせのままに」












-
表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送