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道しるべ  34 出陣準備で


 ヨーロッパ本土も気候はよくなかったが、イギリスに比べれば、まだましだった。
 敵が弱って攻勢に出られない時期こそ、勢力を挽回するチャンスだ。 フランスのシャルル五世は、イギリスからの新しい兵力や物資がなかなか来なくなったのにつけこみ、あちこちで小ぜりあいを起こしては、領土を少しずつかじり取っていった。


 アキテーヌ公としてフランスに住むエドワード皇太子は、おのれの贅沢と対スペイン戦争とで資産を食いつぶしていた。 戦費調達を求めて税金を高くしたので、怒った領民の反乱が相次いだ。
 フランスでの牙城を守るには、援軍が必要だった。 皇太子と同じぐらい懐具合が寂しいにもかかわらず、エドワード三世は派兵を決意した。
 ただし、疫病のせいで常備軍の人数が足りないため、各地の領主に助力を募った。 時が時だけに、みんな渋ったが、それでもぼちぼちと王の要請に従った。
 思惑はいろいろだった。 王に恩を売って出世したい者、支給される給料を当てにする者、立場が弱くて断れない者、そしてたまには、純粋に熱意を燃やす愛国者も。


 春先になってもまだ冷え冷えとしたヨークシャーにも、国軍に加われという王の要請が届いた。
 ワイツヴィル伯サイモン・カーは、ただちに承諾した。 別に気の弱さからではなく、亡き妻の広大な領地がフランスにあるというのが主な理由だった。
 それに、サイモンもれっきとした常備軍を持っていた。 国王の手前、軍隊と名乗らせはしなかったが、中身は立派な精鋭部隊だ。 まだ騎士の徒弟制度が生きていた当時では珍しいことに、彼の部隊は規律正しく、作戦に従って一糸乱れず行動することができた。 それに各兵士の腕も鍛えられていて確かだった。
 すべてはクリントという卓越した指揮官がいたおかげだが、そんな彼を指導者の地位に置いたサイモンも、人を見る目があるというべきかもしれない。


 すぐに、遠征軍の人選が始まった。
 伯爵は故郷に留まるので、正妻の子のどちらかが統率者として行くことになる。 ヴィクターはさすがに若すぎるということで、長男のゴードンが司令官となった。
 土地の郷士も何人か、部下を引き連れて同行する予定だった。 弁が立って気配りのいいイアンは連絡係として、領内を忙しく飛び回った。
 助手を二人か三人連れていくのだが、その中にはほぼいつもトム・デイキンが入っていた。 あまりに二人の仲がいいため、禁断の関係ではないかという噂が立つほどだ。
 しかし、男たちが陰で話し合っていると、傍にいた女に必ず怒られるか、鼻で笑われた。
「冗談じゃないわよ。 あんないい男が二人揃って男好き? そんなもったいないこと、あたし達が許さないわ!」
 彼女たちは何か知っているらしいが、同性同士の結束が固く、どうやっても好奇心一杯の男性連中には教えてくれなかった。










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