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表紙

道しるべ  33 時代の変化


 その日から、イアンは一段と軍事訓練に力を入れるようになった。 母たちと自分を守るには、強さが必要だ。 戦闘能力と体の丈夫さが欲しいだけでなく、戦の組み立て方や敵の弱みを知る方法も学びたい。
 イアンは領主である父を信用していなかった。 彼は弱い。 フランスへ行ったのも、休戦協定が生きていた時期で、捕まえてきたのは敵兵ではなく、異国の金持ち女だった。
 わが親ながら、歯がゆかった。 愛する者の守り方がわかっていない。 人目に触れないところに隠して、安全だと思いたいらしいが、未成年の息子にまで簡単にばれている。
 堂々と屋敷へ連れてこいよ。 そして自分の腕で守れ──イアンは父の背中をどやしつけてやりたかった。
 いや、いつか本当にやるつもりだった。




 翌年、気まぐれな天候は一転して悪くなった。 冬の寒さがいつまでも島国を覆い、春になってもなかなか種まきができなかった。
 夏は夏で太陽が滅多に顔を出さず、気温も低いままで、ようやく芽を出した苗もひょろひょろと長伸びしたあげく、ろくに実をつけずに枯れていった。


 最初の年は、何とか保った。 去年まで三年連続で豊作だった蓄えが、庶民にもいくらか残っていたからだ。
 だが、翌年も低気温の呪いが続くと、もういけなかった。 税を払えない農民の一部は土地を捨てて、城壁に囲まれた町へ入り込んだ。
 狭い町に人があふれ、仕事は減り、行き倒れが道端や橋の下で動かなくなると、ネズミがはびこった。
 そして、遂に怖れていたものが来た。
 ペストの流行だ。


 貴族と金持ちが、真っ先に田舎へ逃避した。 逃げるあてのある貿易商も、港から姿を消した。
 死者を山積みにした荷車が、荒れた町を行き交い、病気の予防に効くといわれる香油があっという間に品切れとなった。
 地方でも、地主や村の実力者たちが関所を設けて、余所者〔よそもの〕の通行を禁止し始めた。 かぶれの発疹があるというだけで叩き殺された旅人まで現れた。
 暗い時代の始まりだった。










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