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道しるべ
32 稚拙な企み
不思議なことに、ヴィクターに嘲られたとたん、イアンの頭からサッと熱が抜けた。
こんな奴の手に乗ってたまるか、と気づいた。 俺は俺だ。 母と支えあい、賢明で勇猛なクリントの教えに従って努力して生きてきた。 こんな甘やかされたヘナチョコとは出来が違うんだ。
訓練の成果を見せて、すべるように梯子を降りると、イアンは白い歯を見せて笑い、さっさと庭を横切り始めた。 慌ててヴィクターも降りかけたが、途中で足を引っ掛けてしまい、ぶざまに地面へ尻餅をついた。
ヴィクターが腰を押さえながら追いついてきた頃には、もうイアンは馬を引き出して、道に出ていた。 ヴィクターはぷりぷりして、まだ屋敷からそう離れていないにもかかわらず、金切り声で怒鳴った。
「一人で勝手に逃げるな! よくも置き去りにしたな!」
馬の手綱を渡しながら、イアンは平然と答えた。
「闇になったら犬を放すんでしょう? もうそろそろ出てくる時間ですよ」
言い終わらないうちに、鎖から開放された犬たちの嬉しそうな吠え声が、風に乗って運ばれてきた。
ヴィクターはおびえた顔で屋敷を振り向いた。 仔犬時代から顔見知りのはずだが、大慌てで馬によじ上ろうとして二度しくじり、さっと乗ったイアンの手を借りて、ようやく鞍に体を安定させ、馬に鞭をくれた。
月は上空に移動し、さらに明るさを増していた。 二人の馬は林を抜け、来た道をできるだけ早く戻った。
伯爵の屋敷も、既に夜の戸締りを済ませ、見張りが立っていた。 ヴィクターがいなければ、無断外出で絞られるところだが、領主の息子だから何も言わずに通してくれた。
中庭に入ったところで、ヴィクターはすぐ馬から降り、ぽいっと手綱をイアンに放った。
「さっきの笑いは何だ」
「母が無事で嬉しくて」
イアンは明るく答え、ヴィクターの馬サンダーボルトの首を優しく叩いた。
「向こうはおまえのことなんか忘れてるぞ」
「母親は子供を決して忘れません」
サンダーボルトが頭をイアンに寄せ、低くいなないた。 ヴィクターは口を歪めてせせら笑った。
「そう思ってるのはおまえだけだ」
なんとか優位を取り戻そうとするヴィクターを、イアンは冷ややかに眺めた。
亡くなったイザベル夫人は、母ライオンのように二人の息子を抱えて守ってきたという話だ。 その後ろ盾を失って、ヴィクターは足元が怪しくなってきたのを感じているのかもしれない。
サイモン・カーが愛したのはウィニフレッドだけだ。 たとえ正式な後妻に迎えなくても、愛人が力を得たら、イアンの立場が強くなる。
そうなる前にイアンとウィニフレッドの絆を壊しておこうとしたのだろう。 ヴィクターの考えそうなことだった。
おかげで母がどこにいるか、ようやくわかった。
イアンは余裕の笑顔をヴィクターに向けてから、二頭の馬を楽々と曳いて馬屋に向かった。
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