表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  30 予想外の家


「どこへ行くんですか?」
 イアンは落ち着いて尋ねた。 ヴィクターは口を歪め、顎で背後につながれている二頭の馬を示した。
「すぐわかる。 あれに乗れ」


 二分後、イアンは栗毛の馬にまたがり、ヴィクターの黒馬と並んで、薄暗くなった道を速歩で進んでいた。
 上空にはほぼ真ん丸の月がいて、道は樹木の淡い影が落ちるほど明るかった。 だから二人は特に灯りを持つことなく、宵の道を疾走した。
 四半刻ほど走らせたところで、ヴィクターは馬を止め、イアンにも降りるよう合図した。 それから傍の茂みに隠して馬を繋ぐと、身を屈めて林の中を進んだ。
 なんでこんなにこそこそしなけりゃいけないんだ──イアンはやむなくヴィクターに続いて歩きながら、心の中でぶつぶつ言っていた。
 不意にその気分が変わったのは、林が途切れて目の前に広い庭が広がったときだった。
 これは誰かの屋敷、と気づいた瞬間、イアンは直感でヴィクターの企みを知った。 そして、突如心臓の動きが不規則になった。


 ヴィクターの先導で、二人は木陰を回りこむようにして屋敷に近づいた。
「真っ暗になると、門番が犬を二頭放つ。 よく訓練された犬たちだから、姿を見せる前に敷地を出ないとな」
 小声で注意した後、ヴィクターはうっすらと笑いを浮かべて付け加えた。
「僕は安全だ。 本宅で子犬から育ったんで、僕の匂いはよく知っている」
 後少しで屋敷の建物に着く、というところで、木の列が途切れた。 二人は頭を低くし、全速力で走って、転がるように壁に身を寄せた。
 二階の窓からは、ちらちら揺れる黄金色の光が漏れていた。 窓枠の横に、庭師が使う細い梯子〔はしご〕が立てかけられたままだ。 迷わずに上がっていくヴィクターを眺め、イアンは思った。 こいつ、自分で梯子を持ってきて、ここに置いておいたにちがいない。
 上まで登り切ると、ヴィクターは手招きした。 イアンは一つ息をつき、後から素早く上った。
 壁に片手をついてバランスを取りながら、二人は窓の中を覗いた。 すぐイアンの目を射たのは、暖かそうに揺れる大暖炉の火。 それから……。
 目は大きく見開かれた。 瞳にくっきりと、聖母像のような姿が映った。
 彼の母、ウィニフレッド・ベントリーが暖炉の前に座りこみ、金髪の幼児を両腕に抱えて、優しく揺すぶっていた。










表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送