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道しるべ  28 男の遊びは


 お姫様は高らかに笑い、男三人を従えて左に曲がった。 イアンは心の中で罵りながら、やむなく後についていった。


 聖イザベル女子修道院に無事着いても、モードはイアンを離さなかった。 また馬から丁重に下ろすことを要求したあげく、領境まで送ってくれと言い出した。
「用事はすぐ済むわ。 前に奉納した聖イザベルの像に祈りを捧げて、院長様にご挨拶するだけだもの。 ちょっとの間だから、ここで待ってて。
 勝手に帰ったら、ワイツヴィル伯爵に言いつけるわよ」
 イアンは顔をそむけ、西にだいぶ傾いた夕日を雲が横切るのを眺めた。 はっきりわかる不満の表明だが、モードは知らんぷりをした。
「返事は?」
 そっぽを向いたまま、イアンは唸り声で応じた。
「はい」


 モードは満足そうにマントをひるがえして門から入り、修道女に導かれて姿を消した。
 周囲は丘陵から緩やかな斜面が伸びて、広い草原につながっているだけの地形だ。 景色は綺麗だが草と空しかない。 すぐに退屈したイアンは、懐から骨のさいころを出して、モードの従者に呼びかけた。
「おい、時間つぶしにこれでもしないか?」
 従者たちは顔を見合わせ、髯を生やした年長のほうが言った。
「やりたいんですが、金がなくて」
「賭けるのは金と決まったもんじゃないさ。 俺たちはよく、馬の飼い葉やりとか、乱暴な騎士の世話とかを賭けるんだ。 はした金をやり取りするより、よっぽど実用的だ」
「なるほど」
 二人はそろそろと傍へ寄って来た。
「じゃ、何を賭けます?」
「そうだな。 俺たちは仕事仲間じゃないから、雑用を賭けるわけにはいかない。 いっそ逆にして、負けたら馬の尻にキスするってのはどうだ?」
 従者たちは爆笑して、賭けに応じた。


 というわけで、用事を済ませてモードが門を出てくると、三人の若者が草の上で大騒ぎしていた。 一人がなんとか逆立ちしようと頑張り、後の二人がその珍妙な姿を見て腹を抱えて笑っている。 馬にキス、が一通り終わったため、三人は別の罰ゲームを次々と考え出していた。
 モードは立ち止まり、少しの間、はしゃぐ三人を面白そうに眺めていた。
 それから顔を引き締め、腰に手を当てて高い声で呼ばわった。
「何ふざけてるの!」
 どうしても逆立ちできない男を手助けしようとして、三人が団子になって騒いでいる最中だった。
 急に叱られて肝を潰した従者たちが、あわてて起き上がった。 恐縮している二人を尻目に、イアンは草原に倒れこんだまま、額に垂れた前髪の間からモードを見やり、にやっと笑った。
 モードは形のいい眉を上げ、無言の挑戦に答えた。
「あなたも立って。 もう夕暮れよ。 暗くなる前に家へ帰りたいの」










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