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道しるべ  27 我がまま姫


 剣が刃だけでなく柄の彫り物までピカピカになっているのに、クリントは気づいたのだろう。 駄賃を貰って詰め所の扉を開けたイアンを再び呼び止めた。
 イアンが髪をなびかせて振り返ると、目の前に光る物が飛んできた。 反射的に受け止めたイアンに、クリントの豪快な声が聞こえた。
「おまけだ。 これからも気をきかせるんだぞ」
「はい!」
 おお、ペニー銀貨(≒三千円)だ。 今夜のおかずか酒が一品増える。 イアンはにんまりして、足元軽く詰め所を後にした。


 しかし、心遣いを上司に認めてもらえたという満足感は、そう長く続かなかった。
 馬屋へ行くため中庭に出たとき、ちょうど正面玄関からゴードンとモードが姿を見せたのだ。
 二人は仲良く腕を組んでいた。 日頃そんなに親しくないので、イアンは少し驚いた。
 見つからないうちにそっと通り過ぎようとしたが、父と共によく鷹狩に行っているモードの目は鋭く、すぐ見つかってしまった。
「あらイアン、ちょうどよかった! 帰り道に聖イザベルへ寄るの。 送っていってちょうだい」
 勝手に決めている。 今日はこれからお下がりの鎖かたびらを修理し、春に生まれた仔馬の訓練をしようと思っていたのに。
 断ろうとしてイアンが口を開けると同時に、ゴードンが言った。
「それがいい。 お付きが二人きりでは心もとない」
 庭の端でおとなしく待っていた供の者二人が、むっとした様子で目を見交わした。
 相変わらずゴードンは直接イアンとかかわろうとしないが、彼の言葉は命令だった。 イアンはやむなく口を閉じ、馬に鞍をつけに行った。


 頑丈な橋を渡って、モードは先頭に立って馬を走らせた。 そのすぐ後にイアンが続き、二人の従者は更に遅れて、懸命についていった。
 やがて小規模な一行は、巨大な楢の木のところまで来た。 そこで道は二手に分かれ、右はセント・テニアン村へ、左はベッカ丘へと続いている。
 モードはいったん愛馬ルビーフレアを止まらせて、出てきたばかりの館を振り返った。
「なんで館って呼ばせてるのかしら。 財産ができてからどんどん建て増して、今じゃ城と言ったほうがふさわしいのに」
 イアンは馬を並べず、わざと少し距離を取って歩を緩めた。
「大事なのは名前より中身でしょう」
「あら、名前も大切よ。 私だってホーリーヘッドにいた頃にはただの騎士の娘で、年に一回しか服は新調できないし、それもぺらぺらした安物だったわ。
 それが伯爵令嬢になったとたん、欲しいときに服が作れる。 回りもちやほやしてくれる。 もう全然扱いが違うの」
「それはよかったですね」
 一本調子なイアンの答えにも、モードはめげた様子はなく、パッとした笑顔を浮かべた。
「そう、よかった。 あなたも上を目指しなさいよ。 出世すればするだけ、欲しいものが手に入るわ。 たとえば、綺麗な奥方とか」
 そこでパチリとウインクされたので、イアンは馬の向きを変えて館に駆け戻りたい気分になった。










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