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道しるべ  26 戦争の足音


 今、その二人、ニッキーとアルは、馬屋の前でクリントのブーツを片方ずつ磨いているはずだ。 どちらも十四歳で、ニッキーは茶色の髪、アルはスペイン人の母から受け継いだ艶々の黒髪を持っていた。


 顔が映るほど磨いた剣を見下ろしながら、クリントは憂鬱そうに呟いた。
「またこれを使う日が近づいてきているようだ、非常に不本意だが」
 イアンは驚いて、上官の表情を読み取ろうとした。
「戦いですか?」
「そうだ。 しかも、くそったれの外地でな」
 それまで比較的冷静な顔をしていたクリントが、不意に究極のしかめ面に変わった。
「軍船に乗って、流されながら行くんだぞ。 俺は足元が揺れるのが何より嫌いなんだ。 人は母なる大地の上に、しっかり足を踏みしめて立つべきだ」
 要するに船に弱いんだな、と気づいて、イアンは笑いを噛み殺した。 体を動かすことは何でも巧みで、剣も槍も、長弓までも名手と呼ばれている隊長だが、水だけは思うようにならないらしい。
「フランスでは、この間イギリスがぶんどった領地で次々反乱が起きて、シャルル(フランス王)に奪い返されているらしい。 こうなったのは、プリンス・エドワード(黒太子)がどんどん税金を吊り上げたからだ」
「そんなに儲からない土地ばかりだったんですか?」
「いや、一等地をせしめたんだが、プリンスがそれこそ湯水のように贅沢して使ってしまったんだと」
 クリントは大きく鼻を鳴らした。 合理的な彼は、無駄遣いが大嫌いなのだ。
「プリンスは軍事は得意だが、日常生活はまるで駄目なお人だ」
 ヨークシャーを離れたことのないイアンには、名高い王太子は眩いばかりで、雲の上の人だった。 そのプリンス・エドワードを、クリントはまるで友達のように遠慮なく批判している。 イアンの胸に、師匠に対する新たな尊敬が宿った。
「プリンスと一緒に戦ったんですよね?」
「まあな」
 面白くもなさそうに、クリントは下を向いた。 でもイアンはめげずに質問を続けた。
「どんな方ですか?」
 クリントはちょっと考えた。
「度胸がある。 作戦を立てるのもうまい」
「見た目は?」
 クリントの口元を微笑がかすめた。
「おまえも結構英雄好きなんだな。 顎が細くて鋭い顔つきだ。 父王に似てるよ」
「また戦争が始まったら、領主様も参加しますか?」
 イアンの声に緊張が加わった。 クリントは青年の武者震いを感じ取ったが、わざと気づかないふりをして、淡々と答えた。
「当然だろうな。 向こうの土地からの上がりで、今の楽な暮らしがあるんだから」










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