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道しるべ  25 思わぬ行先


 間もなく、クリフを従えてゴードンが姿を現した。 彼はイアンの異母弟にあたるわけだが、怒った熊のような顔立ちはますます苦みを増し、父に似ているところは真っ直ぐな長い脚ぐらいだった。
 いつも通り、傍にいるイアンを完全無視して、ゴードンはモードに近づいた。 ごつい顔に、珍しく微笑みに似たものが浮かんでいた。
「よく来たね、モード。 僕をわざわざ訪ねてくれるなんて嬉しいな」
 イアンは知らん顔で歩き出した。 ゴードンの後半の台詞は、自分に聞かせるためだとわかっていたが、気にもしなかった。
 兵舎の方角へ曲がった直後に、モードの華やかな話し声が聞こえた。
「しばらくお別れになるから、さよならを言いに来たの。 イプスイッチの叔母上がね、遊びにおいでって招待してくれたのよ。 ロンドンに近いから、最新流行のドレスを仕立てられるの。 たくさん作ってくれるって。
 素敵な服がいっぱい揃ったら、宮廷デビューするかもしれないわ。 楽しみっ!」
 おや?
 予想と違う内容だった。 イアンは思わず足を止めて、耳を澄ました。
 ゴードンも意外だったらしい。 声がワントーン上がった。
「え? 身分の高い花婿候補が君の前に跪〔ひざまず〕いたと聞いたんだが」
 モードは面白がった。
「いやだー、もしかしてサイアス侯爵の息子さんのこと? 申し込みどころか、うちに泊まった三日の間、ほとんど口きかなかったわよ。 『はい、いいえ、そうですか、ごきげんよう』ぐらいで」
 侯爵の後継ぎのぎこちないしゃべりを口真似して、モードは天衣無縫に笑った。
「それは、話に聞いた以上に君が綺麗だから、上がって口がきけなくなったんだよ」
 何お世辞つかってるんだ。
 イアンは不愉快になり、もう話を立ち聞きするのを止めて、その場を去った。



 クリントは、兵舎の東端にある詰め所で、立ったまま机に向かって地図を広げていた。
 彼は軍事の要〔かなめ〕で、領地を国とすれば陸軍大臣のような立場だから、この館内に立派な部屋を与えられていたし、郊外に畑つきの大きな屋敷も持っていた。
 だが、館の部屋には寝に帰るだけで、外の屋敷に至っては、ほとんど家令のソンダースに任せきりだ。 そして、精力的に館を見回って警護し、時間があるときはこの詰め所にいた。
 イアンが剣を持って入っていくと、クリントは気配で顔を上げた。
「ああ、仕上がったか。 刃こぼれは全部直っているだろうな?」
「はい、点検しました」
 はきはきと答え、イアンは剣を両手に持って差し出した。 クリントは柄を取り、鋭い目で刃の表裏をじっくり眺めた後、イアンに視線を戻して頷いた。
「抜かりないな。 模擬戦ではほとんど勝利しているというし、この分だと来年にはナイト爵に推挙できるかもしれん」


 驚いて、イアンは息を詰めた。
 修業の開始が遅かったので、彼は大きなハンデを背負っていた。 ふつうは、十歳になる前に小姓として知り合いの騎士に仕え、十代半ばから見習に入る。 その小姓時代をすっ飛ばしてクリントの指揮下に入ったため、イアンは彼の下働きと武闘訓練を同時にこなさなければならず、特に最初のうちは目のまわる忙しさだった。
 クリントは厳しいが、公平で情けもあった。 だから、イアンが仕事に慣れると、若い子を二人新しく入れて、彼の下につけた。 今度はイアンが更に年少の子に仕事を教える立場になったわけだ。
 イアンはその子たちをかわいがり、仕事のこつを教え、支給される食べ物のいいところをうまく手に入れて分けてやった。
 館に来る前はずっと母親の世話をしてきたイアンは、その母を失って以来、ずっと心に空洞を抱えていた。
 だからトム・デイキンを助け、仲良くしているのだが、今やトムはイアンより大男に育ち、むしろイアンの面倒を見てくれる側になっている。
 それはそれで頼もしい。 が、もう彼を気遣わなくていいと思うと、どこか寂しかった。
 だから、後輩ができたのは思わぬ喜びだった。 イアンは、まだ自分を確立していない子供たちに、ちゃんと仕事をすればいいことが待っているとうまく覚えさせ、他の新入りより早く、役に立つように育てた。










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