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表紙

道しるべ  24 館を訪れて


 だが、噂は実を結ばなかった。 美しい我がまま姫は、今回も自分の意志を通したらしい。 十月の末、父と共にリーズへ出かけることがわかり、ナローブルック村にいるデイヴィーの伯父の店へ、旅行用乗馬靴の注文が三足分も届いた。
 最初は、花嫁衣裳作りに大きな町へ行くのだという噂もちらほら流れたが、モード自身がそのデマを打ち消した。 旅に出る四日前、三頭持っている中で一番のお気に入りの牝馬ルビーフレアに乗って、ワイツヴィルの館を訪れたときに。
 その日、モードはまた新しい服を着ていた。 青いベルベットをたっぷり使ったスカートの上に、毛皮で縁取った赤のマントをふわりと羽織り、大きなフードから絹糸のような金髪をちらちらと覗かせている。 気のせいか、いつも以上に血色がよく、顔全体が輝いて見えた。
 クリントの剣を鍛冶屋に打ち直してもらったイアンが、出来上がりを持ってたまたま庭を横切ろうとすると、モードは目ざとく見つけて声をあげた。
「イアン! 久しぶりねえ」
 イアンは顔を上げたが、にこりともせずに軽く首を下げて通り過ぎようとした。 するとモードは馬上でだだをこね出した。
「せっかく挨拶してあげたのに、知らん顔しないでよ。 さあ、降ろして」
 まったく。
 大きく吐息をつきたいところを我慢して、イアンは剣をいったん腰に挟み、大股で少女に近づいて両手を差し出した。
 モードは口を可愛らしく閉じ、優美な仕草でイアンの腕の中にすべり落ちた。 とたんに、急いで近づいてきて自分が手助けしようとしていたクリフが、横目を使ってイアンを睨んだ。
 そのとき、モードが小首をかしげてクリフに微笑みかけた。 クリフは有頂天になって笑顔を返した。
「なにか?」
「ええ、クリフ。 ゴードンに会いに来たんだけど、出てこないようね。 探してきてくれる?」
 ただの走り使いだが、クリフはいそいそと主郭へ駆け戻っていった。 それを見たイアンは、自分のことでもないのに腹が立った。 騎士はレディに奉仕するものだと教えられるが、モード・デシュネルは果たしてレディと言えるのか? 尻を叩いてやりたい身勝手娘じゃないか。
 そう考えながらふと気がつくと、モードはまだ彼の胸の中に居心地よく収まっていた。 イアンは急いで手をほどき、礼儀知らずにならない程度に彼女を押し出した。
「あちらへどうぞ、レディ・モード」
 モードは反り返った睫毛を扇のように動かし、悩ましげに自分よりずっと上にあるイアンの整った顔を見やった。
「もうじき、あなたも一緒に行けるようになるわね? 騎士になれば正面から出入り自由でしょ?」
「まだまだ先のことです」
 イアンは冷静に答えた。














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