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道しるべ  21 成人の仕事


 当時の十六歳といえば、乙女の結婚適齢期だった。 早い者は十四ぐらいから次々と結婚していく。 婚約だけなら、生まれた子が娘とわかったとたんに、ふさわしい相手の家族と契約してしまう親までいた。
 ただし、いつの時代にも子煩悩〔こぼんのう〕な親はいるもので、グランフォート男爵レイモンドは、まさにその代表格、というか、娘かわいさのあまり甘やかすことしか知らず、婿選びに消極的だった。
 早く亡くなった愛妻アーミントルードに、モードがどんどん似てくるのが、盲愛に拍車をかけた。 賭け事にのめりこまず、趣味は鷹狩に使うファルコンの訓練だけ、という地味な俄か貴族は、たっぷりある地代収入を惜しみなく娘に使った。
 モードが十二歳のとき、市場で灰色のポニーを欲しがると、せり落とした織物商を領境まで追いかけていって、二倍の金額で買い戻したという話は有名だ。
 地味な男でも愛人はいたが、レイモンドは再婚しようとはしなかった。 モードが継母にいじめられては可哀想だというのだ。 一事が万事その調子で、モードはまったく頭を押さえられずに、気ままな青春の日々を謳歌〔おうか〕していた。




 秋が深まってくると、農家では年越しの準備が始まった。
 一番の大仕事は、家畜の処理だ。 長い冬の間は牧草が枯れ、餌がなくなる。 だから、春夏の間どんぐりなどを食べさせて半年育てた豚をしめて、燻製やハム、ソーセージに加工し、売ったり冬の食料にするのだった。
 皮ももちろん無駄にしなかった。 なめして加工し、袋やベルト、靴などに使う。 税を金や穀物で払いきれずに、こういう現物で支払う農民も多かった。
 その年、今や身の丈6フィート(≒183センチ)を越え、立派な兵士となったトム・デイキンは、徴税隊の護衛としてロブ・モロー隊長についていくことになった。 税は農民のほうが館に持ってくるものなのだが、中にはそうできない者もいる。 したくない者だっている。 そういう者たちからは、強制的に取り立てなければならない。
 夕方になって、小さな隊列は山盛りになった荷車を引いて戻ってきた。 中庭で一休みして、仲間の騎士見習と談笑していたイアンは、隊列の最後尾を黙々と歩くトムを見つけて、大またに歩み寄っていった。
「よう、どうした? しけた顔して」
 トムは、だるそうに顔を上げ、前髪から落ちて睫毛に引っかかった藁くずを落とそうとして激しくまばたきした。
「疲れた。 それだけ」
 トムが立ち止まったので、馬に引かれた荷馬車は遠ざかっていき、彼は取り残された。
「大変だったな。 東の外れまで行ったんだろう? まあこれでも飲めよ」
 友を慰めようとして、イアンは蜂蜜酒を木の台からひょいと取り、ついでやった。
 質素なカップを持ったまま、トムは唸った。
「酒は好きじゃない」
「ガキのときに飲ませてもらえなかったからだろう? だが聖書にだってパンだけじゃなくワインもあるんだぞ」
「わかってるさ。 何度も声を出して読まされたんだから」
 カップをだらりと下げて、あやうくこぼしそうにしながら、トムは口の中で呟いた。














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